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シニアツアーに参戦。湯原信光が通る道。 

text by

三田村昌鳳

三田村昌鳳Shoho Mitamura

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posted2007/09/06 00:00

 昔できたことが、いまはできなくなった。なにも考えずに難なくこなせたことが、できない。プロスポーツ選手が引退するときに「体力の限界」という言葉をよく口に出す。でも、それは正確に言うならば、フィジカルとメンタルの幅が埋められないということなのだろうと思う。

 「メンタルは充実していても、それを忠実にこなせるフィジカルがなくなる。だから、どうやってその幅を埋めていくかが、シニアでも活躍できる秘訣だと思う」

 と言ったのは尾崎健夫だった。

 ゴルフは、ほかのスポーツと比較すれば、年齢的な限界というのがあまりない。ましてやいま、米ツアーにしても日本ツアーにしても、50歳になるとシニアツアー(米国ではチャンピオンズツアーと呼ぶ)があるから年齢的な活躍の場がいちだんと広がった。

 8月中旬に日本のシニアツアー、ファンケルクラシックが開催された。この大会から湯原信光が参戦した、彼は1957年8月14日生まれだから、大会直前に50歳を迎えた。湯原のことは、高校を卒業する頃から取材しているので、シニアの年齢になったと聞いて、正直驚きがあった。いま日本のシニアツアーでは、湯原のほかに尾崎健夫をはじめ、昭和30年前後に生まれた選手が増えている。

 シニアツアーに入ると、イメージと現実の軌道修正を強いられる。簡単に入れることができた2メートルの距離のパットが、簡単にできなくなる。だから、それが入ったときには、レギュラー時代以上に喜ぶ。アクションが派手になる。

 ショットひとつにしても、戦略を駆使して、いまの自分の能力と体力にあわせた決断をし、ショットする。相手の選手が、ナイスショットをしたとき、ナイスパッティングをしたときには、ライバルであっても拍手や声を惜しまない。「1打の難しいナイスショットを成功させるために、どれだけの犠牲を払って練習してきたか」(中嶋常幸)を知っている選手同士だからである。シニアツアーの大会は、いつもゴルフゲームの知恵や巧みさが浮き彫りにされる。それは若さの迫力ではなく、いぶし銀の妙味だと思う。

 かつて若手スターとして注目を浴びた湯原が、シニアツアーで、どんなゴルフを見せてくれるか、楽しみである。

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