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セルティックス一筋、アウアバックの生き方。 

text by

宮地陽子

宮地陽子Yoko Miyaji

PROFILE

posted2006/11/23 00:00

 アーノルド・“レッド”・アウアバックはかつて、「ボストン・セルティックスは単なるチームではなく生き方だ」と言った。コーチ、GM、そして最後は会長としてセルティックスに56年間関わり、セルティックスの伝統を作り上げた。アウアバックにとってのセルティックスらしい“生き方”とは、シンプルで、古き価値観や伝統を大切にし、そして何より並々ならぬ競争心で相手を叩きのめすこと。アウアバック自身、コーチとして9回、GMとしてさらに4回、セルティックスを優勝に導いている。

 そんな彼が、負けることと同じくらい嫌がっていたことのひとつにチアリーダーがあった。バスケットボール純粋主義者のアウアバックにとって、チアリーダーは試合の本筋とは関係のない余分なものに過ぎなかったのだ。最近のNBAではチアリーダーが華やかな踊りで観客を楽しませるのが当たり前になってきたが、セルティックスはアウアバックが「わしの目が黒いうちはだめだ」と頑なに反対していたこともあり、唯一チアリーダーとは無縁だった。──今シーズンまでは。

 そう、この夏、セルティックスは56年の伝統を破り、チアリーダーを採用することにしたのだ。アウアバックはまだ反対していたが、チームのマーケティング責任者が時代の流れに逆らえないと判断した。新しく誕生した“セルティックス・ダンサーズ”は11月1日のホーム開幕戦にデビューするはずだった。

 しかし開幕4日前にアウアバックが心臓発作のために89歳の生涯を終えたことで、その予定は変わった。開幕戦ではアウアバックの追悼セレモニーが行われ、セルティックス・ダンサーズのデビューは2日後に延期となったのだ。結局、アウアバックは、最後まで自分の道を貫いたというわけだ。

 アウアバックがいなくなったことで、一時代の終わりを嘆く声もある。しかし、元セルティックス選手で、現在チームのバスケットボール運営の責任者であるダニー・エインジは「時代が終わったわけではない」と言う。「レッドはすでに僕らの一部だ。これからも彼は、彼が影響を与えた多くの人の中で生き続ける」

 たとえ試合の合間にセルティックス・ダンサーズが踊っていても。たとえいつもの席にアウアバックの姿がなくても。

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