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気鋭の28歳が掴んだマスターズへの切符。 

text by

三田村昌鳳

三田村昌鳳Shoho Mitamura

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photograph byTomoki Momozono

posted2007/02/22 00:00

気鋭の28歳が掴んだマスターズへの切符。<Number Web> photograph by Tomoki Momozono

 4大メジャーのひとつであるマスターズは、もともと球聖と呼ばれたアマチュア選手、ボビー・ジョーンズの私的な大会としてスタートしている。

 1930年、28歳で年間グランドスラム(全米オープン、全米アマ、全英オープン、全英アマ)を達成したジョーンズは、惜しまれつつ直後に引退。1934年に「共に戦った選手たちを招待してトーナメントを開きたい」と考え、「第1回国際招待試合」を開催した(「マスターズ」という呼称は第6回大会から)。すなわち、マスターズは本来、招待選手だけが出場できる大会だったのだ。

 歴史を重ねるに連れ、前年度のマスターズ16位タイ以内の選手、他のメジャー大会の勝者などの規定ができたが、外国人選手の招待基準は「独自の調査」とされ、半ば謎に包まれていた。しかし、1999年からはその基準も明瞭になり、世界ランキング50位以内ならどの国の選手にも招待状が届くようになっている。

 今年の招待選手100人のうち、日本からは片山晋呉と谷原秀人の2人が招待された。3年連続6度目の出場となる片山は昨年末の世界ランク50位以内で出場権を獲得。初出場の谷原は、昨年の日本ツアー賞金ランク2位、全英オープン5位タイという健闘を評価され、特別招待選手として憧れのマスターズに挑む。

 28歳の谷原は東北福祉大学出身。先輩に星野英正、後輩に宮里優作、谷口拓也がいる。2003年、谷原は『マンダムルシードよみうりオープン』で初優勝した。その1カ月半ほど前に星野がツアー初優勝したことが、刺激になったのだという。「星野さんが勝った。僕も頑張れば勝てるかも知れない」と思ったのだ。

 一昨年、丸山茂樹の取材でロサンゼルスに行ったとき、丸山が練習しているコースに偶然、谷原がやってきたことがある。その年、米ツアーに初挑戦していたが「なかなか自分のゴルフをさせてくれない」と言っていた。昨年、日本ツアーに戻った彼は、米ツアーの苦い経験を自分の力に変えた。特に『JCBクラシック仙台』での片山晋呉とデッドヒートの末の優勝は見事なものだった。

 谷原は見かけの優しさとは逆に、ゴルフでは闘争心が強いというのがプロ仲間共通の意見である。初のマスターズを契機に、更なる飛躍を期待したいと思う。

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