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杉山愛流が実を結び、遂に頂点が見えてきた。 

text by

吉松忠弘

吉松忠弘Tadahiro Yoshimatsu

PROFILE

photograph byHiromasa Mano

posted2004/07/29 00:00

杉山愛流が実を結び、遂に頂点が見えてきた。<Number Web> photograph by Hiromasa Mano

 ウィンブルドンの13番コートにいた。

 杉山愛の4回戦を前にして、9年前の同じコートに思いを馳せた。松岡修造が、日本男子として62年ぶりにベスト8進出を決めた思い出深いコートだった。今でもはっきりと覚えている。マッチポイントで、松岡のボレーを打つ手が震えていたこと、勝った瞬間、コート上を駆け回ったこと、その日からBBC(英国放送協会)が、毎夜、放送する大会特集の締めくくりに、常に松岡の歓喜の姿を流したことなど、昨日のことのようだ。もちろん、ベスト8という結果に喜んだ。しかし、それ以上に、松岡のテニスに対するひたむきな努力が報われたことが嬉しかった。杉山がベスト8入りを決めた瞬間、松岡の時と似た感情がわき上がった。

 松岡と杉山は、典型的な日本人だろう。伊達公子を日本人の典型と見る向きもあるが、それは表面上だけのことだ。日本食、日本語で通すなどが、彼女を日本的と誤解させた。伊達がやっていたことは、「嫌なものは嫌」である。徹底的な自分のペース。それは、どこか外国選手と通じる気質だ。杉山も松岡も英語を話す。特に杉山は、非常に流暢で、外国記者のインタビューにも、まったく困らない。しかし、それは杉山がそうしなければ、身も心もツアーの一員になれなかったということだ。世界に染まるしか、自分の居場所はなかった。少なくともそれは、典型的な日本人気質ではないだろうか。チャンスで、いつも自滅する杉山を見てきた。そのたびに、彼女は自問自答を繰り返し、自分を責めた。喜びも苦しみもあったが、テニスへの思いだけは人一倍だった。それが報われた瞬間が、今年のウィンブルドンだった。

 国内のスポーツは五輪ムード一色である。しかし、それは4年に一度しかない「点」としてのバブルにしかすぎない。選手の人生も、テニスのツアーも、歴史の流れの中で、切れ目のない「線」として生きている。テニス選手にとって、五輪よりウィンブルドンが大事なのは、その「線」があるからだ。需要が五輪であることは間違いない。国民もそれを望んでいるのだろう。しかし、「線」で判断する世界もあるということを、忘れたくはない。ブームのサッカーでも同じである。世界に出てみれば、五輪サッカーなど話題にも上らないのが現実なのだ。

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