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ニカラグアの貴公子、
アルゲリョの死を悼む。
~伝説の王者を倒した銃弾~ 

text by

前田衷

前田衷Makoto Maeda

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photograph byGetty Images

posted2009/07/28 06:00

ニカラグアの貴公子、アルゲリョの死を悼む。~伝説の王者を倒した銃弾~<Number Web> photograph by Getty Images

'68年から'95年までプロのリングに上がり、通算で88戦80勝(64KO)8敗の成績を残した

 中米の小国「ニカラグア」と聞いただけで、すぐさまこの名前を連想するボクシングファンは、筆者だけではあるまい。アレクシス・アルゲリョ――。3階級で世界チャンピオンに輝いたボクシングの元スーパースターが死んだ。享年57。マイケル・ジャクソンほどでなくとも、この訃報にショックを受けたファンは世界中にいるはずだ。しかも、どうやら自殺だったという。

四半世紀で64人をマットに沈めた倒し屋。

 178cmの長身。フェザー級で頭角を現したときにつけられたニックネームは「爆発的な痩せっぽち(エル・フラコ・エクスプロシボ)」というものだったが、実際、約四半世紀続いたプロ生活で64人もの相手をKOし、最後までハンサムな倒し屋であり続けた。

 '74年、ルーベン・オリバレスを倒して初の世界王座についた一戦が国際舞台のデビュー。1年後には当時「KO仕掛人」として売り出し中のロイヤル小林を5回で沈め、日本のファンに衝撃を与えた。試合は芸術的な破壊劇そのもので、「ジャブの一発一発が、まるで石で叩かれているように痛かった」と、敗者を嘆かせている。“貴公子”と呼ばれたアルゲリョのボクシングは、バイオレンスとは一線を画した優雅さを漂わせていた。

 ボクサーとしてはライト級時代が一番充実していたが、アメリカのファンの間では、失敗したものの果敢に4階級制覇に挑んだアーロン・プライアーとの2度の死闘によって、永遠に記憶されるようになった。アメリカはヒール役のプライアーではなく、英語を話す知的でハンサムなボクサーをより支持したのである。

引退後は政治に傾倒し、ゲリラ活動にも身を投じた。

 祖国の英雄は政治に傾倒し、最近こそ左派サンディニスタ政権のオルテガ大統領と親しかったが、引退直後は一時、右派コントラに誘われゲリラ活動に従事していたこともある。亡くなったときは首都マナグアの現役市長でもあった。その数奇な人生は、ニカラグアの混沌の現代史に複雑に絡み合っていたかのようにも思える。

 正式な死因の公表はないが、自ら引き金を引いたと思われる一発の銃弾が胸に撃ち込まれていたことから、自殺説が濃厚だ。しかし、驚くことではない。以前インタビューで、酒と薬物に溺れた過去とともに、自殺未遂も告白していたからである。引退後も英雄であり続けた裏で、どんな苦悩を抱えていたのだろうか。

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