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監督人事をめぐる「結果論」の曖昧さ。 

text by

浅田真樹

浅田真樹Masaki Asada

PROFILE

posted2006/01/12 00:00

 年末年始は何かとイベントの多いサッカー界だが、Jリーグはシーズンが終了し、話題は各クラブの人事へ。監督では、J1、J2合わせて10名程度が入れ替わる模様だ。しかも鹿島、FC東京、新潟で長期政権が終了することもあり、J全体に“刷新”の空気が漂う。

 監督交代には様々な理由がある。なかでも多いのが、「結果を出せなかった以上、責任を取る」というケース。つまり、成績不振による辞任(あるいは解任)である。監督交代の理由としては、これが一番分かりやすい。

 例えば、仙台の都並敏史監督が解任された。理由はJ1昇格を逸したから。つまり、結果を出せなかったわけだ。一見すると、理に適っているようである。

 だが、'05年の仙台の戦力を考えたとき、同時に疑問も浮かぶ。最後まで入れ替え戦出場の3位を争った末の、勝ち点1差の4位は、「結果を出せなかった」というほど悪い成績なのだろうか。そもそも、クラブが本気で1年目から昇格を求めるならば、新人監督を起用したこと自体、正しい選択だったのかどうか疑わしい。

 一方で、正反対の結果の判断もある。

 '04年の柏では、シーズン途中、年間15位で就任した早野宏史監督が、その後、順位を16位(最下位)に落としたにもかかわらず、入れ替え戦で「結果を出した」ことで留任した。クラブが期待していたのは、入れ替え戦に連勝することではなかったはずなのに。

 監督人事をめぐって、しばしば大義名分として引っ張り出される「結果」という言葉。だが、それは事前に判断基準が明確にされていないと、文字通り「結果論」で何とでも言えてしまう、実に曖昧なものなのである。そして、都合よくどちらにでも転ぶその曖昧さは、クラブの将来へのビジョンさえも曖昧なものにしてしまう危うさをはらんでいる。1年後にして早くも、柏は自動降格よりもたちの悪い屈辱を味わうことになった。

 確かに、監督自身に相応の手腕や適性があることは最低条件だが、同時に、クラブが適切な判断力を持たなければ、どんな手腕も発揮されようがない。

 来季から就任予定の10名ほどの新監督たち。果たして、このなかの何人がクラブの正しい後ろ盾を得て、成功を手にすることができるのだろうか。

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