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ポール・ピアス少年が、
想像もしなかった現実。 

text by

宮地陽子

宮地陽子Yoko Miyaji

PROFILE

posted2008/06/26 00:00

 子供の頃の「絶対」ほどあてにならないものはない。人生では子供の想像を越えたことが起こるものなのだ。

 約20年前、ポール・ピアス少年はバスケ仲間と共に「大きくなって、もしNBA選手になれても絶対にセルティックスには入らない」と誓い合っていた。何しろ、ピアス少年が育ったロサンゼルス近郊のイングルウッドは、ロサンゼルス・レイカーズが当時本拠地としていた町。当然ピアスも彼の仲間も大のレイカーズ・ファンで、当時レイカーズにとって最大のライバルだったボストン・セルティックスは憎むべき敵だったのだ。

 しかし運命のいたずらか、'98年ドラフトでピアスを指名したのはセルティックスだった。長い低迷期に入っていたセルティックスは、以来何度もチームを作り変え、選手を入れ替えてきたが、ピアスだけはこの10年、変わらずセルティックスのユニフォームを着続けている。

 1年前、ピアスは「セルティックスのユニフォームを着るのも最後かもしれない」と思ったという。何度目かの再編中だったセルティックスはリーグ全体で下から2番目という成績に終わっていた。有望な若手選手を中心にチームを再建するのなら次にトレードに出されるのは自分だ、と覚悟を決めた。それなら優勝できるチームに行きたいとも思った。

 しかし、夏の間に運命はさらに意外な方向に進んだ。セルティックスは2つの大型トレードで若手を出し、ケビン・ガーネットとレイ・アレンという2人の、優勝に飢えたベテラン・スター選手を獲得したのだ。大人になっても想像を越えたことが起こることがある。

 そして今、ピアスはかつて大ファンだったレイカーズを相手にNBAファイナルを戦っている。第1戦の試合途中で膝を捻り、一時は戦列離脱かと思われたが、数分後に復活という奇跡もあった。そしてこの試合で22得点、続く第2戦でも28得点・8アシストの活躍でセルティックスを勝利に導いている。

 優勝までに必要な勝ち星はあと2つ。次の3試合はロサンゼルスで行われる。

 「自分が育った町に戻り、セルティックスの一員としてレイカーズと優勝をかけて戦う。これ以上の台本は書こうと思っても書けない」とピアスは言う。そう、現実は時に人の想像を越えているのだ。

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