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このままでは終われない。
和田一浩の「発奮材料」。
~中日優勝のキーマンは37歳~ 

text by

永谷脩

永谷脩Osamu Nagatani

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photograph byHideki Sugiyama

posted2009/06/22 06:01

このままでは終われない。和田一浩の「発奮材料」。~中日優勝のキーマンは37歳~<Number Web> photograph by Hideki Sugiyama

打撃のみならず肩の強さには定評があり、'06年にはリーグ最多捕殺を記録したこともある

 中日にFA移籍して今年で2年目。和田一浩はようやくセ・リーグの投手に慣れてきたと言う。

 和田の手元までボールを呼び込む打法は「上体によほど力がないと出来ない」と批判されてきたが、頑として貫き通した結果、今季は54試合で早くも15本塁打を放っている(6月8日現在)。ヤクルトで青木宣親を育て、横浜で内川聖一と吉村裕基を一人前にした杉村繁打撃コーチも「打者の手元で変化するボールが多くなった現在では、前で叩く打法は合わない」と和田の打撃理論を支持している。

落合監督を唸らせた「手元に呼び込む」打撃理論。

 1997年、神戸製鋼からドラフト4位で西武に入団。当初は捕手だったが入団6年目、外野手として定着。金森栄治(現BCリーグ石川監督)と、今の打法を完成させたのもこのころである。

「今でも北陸遠征に行った時は、食事を一緒にします。弟子はどこまでいっても弟子ですので」と和田は言うが、その律儀さが誰からも好かれる所以だろう。

 '04年の中日との日本シリーズで、4本塁打を放ち12年ぶりの日本一に貢献すると、'05年には首位打者を獲得し、西武の中心選手としての不動の地位を築いた。

 しかし、'07年にFA宣言し、中日に移籍。'04年の日本シリーズで、和田に辛酸を舐めさせられた落合博満監督の目に留まったという。

もう「チャンスに弱い」とは言わせない!

 そんな和田が「終の棲家」と決めた中日で覇権奪回に燃えている。昨年3割2厘の打率を残しながら、チャンスに弱い(得点圏打率2割7分5厘)と言われたことが、発奮材料になっているのだろう。

 しかも和田が移籍した'08年、西武は日本一に輝いたのである。渡辺久信新監督が若手主体のチームに切り替え、それが成功したのだ。これには「自分がいると優勝できないのか」と真剣に悩んだという。

 固い決意で挑んだ今シーズンだったが、序盤は調子が上がらず、思った成績を挙げられなかった。しかし「必ず交流戦で巻き返します」との言葉通り、5月28日の楽天戦ではサヨナラ本塁打で試合を決めると、6月2日から、4試合連続マルチヒットでチームの勝利に貢献している。

 '04年の日本一の際、球団売却騒動のため手放しで喜べなかったという和田。残された野球人生で再び頂点に立つことを目指し、37歳のベテランは今日も戦う。

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