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ホープ・中嶋一貴が語る、日本とヨーロッパの差。 

text by

大串信

大串信Makoto Ogushi

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photograph byMakoto Ogushi

posted2006/07/04 00:00

ホープ・中嶋一貴が語る、日本とヨーロッパの差。<Number Web> photograph by Makoto Ogushi

 1987年、日本人初のF1レギュラー選手となった中嶋悟の息子、中嶋一貴が今年、ヨーロッパに飛び出して戦果を挙げつつある。中嶋はトヨタの若手ドライバー育成プログラムであるTDPの支援を受け一昨年、全日本F3選手権に参戦し、衝撃的なデビューウインを飾ったもののその後は苦戦、結局昨年も全日本F3選手権に挑戦を続けていた。

 近頃はF1を目指すならばできる限り早くヨーロッパへ行って本場の水と空気に慣れなければならないという風潮が強い。それにも一理はあるが、「日本のレースのレベルが低いから日本でレースをするのは無駄だ」と考え違いをし、それこそ無駄金を使って無理矢理ヨーロッパへ行こうとする若い選手がいるのはいかがなものかと思う。日本のF3を2年間戦う道を選んだ中嶋は今年初めてヨーロッパへ出かけ、3イベント6レースを終えてすでに1勝を記録、共にユーロF3を戦うTDPの仲間、平手晃平、小林可夢偉と共に一時帰国した際、こう語った。

 「日本のレースのレベルが低いとは思わない。ドライバーのレベルも変わらない。ただ違いがあるとすれば、全日本F3では勝てる選手が数人しかいないのに対してユーロF3には勝てる選手が十数人いることだ」

 これは、言い換えれば全日本で勝てない人間がヨーロッパへ行ったところで勝てるわけがないということだ。

 「2年間の全日本F3で蓄積した経験は自分にとって大きな意味があった、だからこそ今年1年目のヨーロッパでそれなりのレースができている」

 と中嶋は言い切る。日本か海外かと腰の落ち着かない若い選手は、彼の言葉とこれまでの戦い方を噛みしめ振り返ってみるべきだろう。

 かつて彼の父親である中嶋悟は、若い才能、高木虎之介を抱えF1へデビューさせている。しかしそのデビューのタイミングはもどかしいほど慎重に選ばれた。

 「日本から十分なバックアップがないままヨーロッパへ行ってもどうにもならないから」というのがその理由だった。中嶋悟は自らの経験で、日本からヨーロッパへ渡ることの難しさを知っていたのだ。

 今、父親はトヨタの手厚いバックアップを受けようやくヨーロッパで闘い始めた息子の姿をどう眺めているだろうか。

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