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2度の手術を乗り越えて不田涼子が帰ってきた。 

text by

秋山英宏

秋山英宏Hidehiro Akiyama

PROFILE

photograph byHiromasa Mano

posted2008/11/06 00:00

2度の手術を乗り越えて不田涼子が帰ってきた。<Number Web> photograph by Hiromasa Mano

 日本女子の次代のエース候補が戻ってきた。22歳の不田涼子がAIGジャパンオープンで予選3試合を勝ち抜き、本戦1回戦でも格上のフランス選手をストレートで破った。公式戦本戦での勝ち星は1年2カ月ぶり。「(久々の連戦で)あちこち筋肉痛だが、それさえうれしい」。彼女の言葉にプレーヤーとしての実感がこもっていた。

 '02年、15歳にして全日本ジュニア18歳以下を制した。翌'03年には全米ジュニアで8強に入った。同年12月、鳴り物入りでプロ転向。世界ランクは順調に上がり、'05年には四大大会の予選に顔を出すようになる。粘り強いプレーと前向きな性格で、着々と世界に近づいていた。

 ところが、'06年春に右ひざを痛め、躍進にブレーキがかかった。違和感を持ちながらの試合が続いた。どこかで思い切って休む手もあったのだろう。だが、あと少しでトップ100に手が届く位置にいた彼女は、その決断を下せないでいた。

 コーチの坂本正秀とともに、評判の高いドクターを探しては診察を受けた。しかし、痛みの根本的な原因は分からず、症状は一進一退だった。半月板の内視鏡手術に踏み切ったのは昨年4月。痛みは消え、6月にツアーに戻ったものの故障が再発し、8月に2度目の手術を受ける。今度は復帰まで1年以上かかった。

 復帰戦は9月の韓国オープン。予選で1勝を挙げた不田は、翌週、AIGオープンに臨んだ。小麦色に日焼けした選手の間で、不田の顔色だけが白い。復帰を目指し、ナショナルトレーニングセンターの屋内コートで練習してきた。相手がいなくて、サーブ練習だけで帰る日もあったという。復帰直前の4カ月間は体力作りに専念した。復帰前にこなした練習試合は、たった1セット。体を作るので精一杯で「試合勘を取り戻すことなど考えもしなかった」という。

 だが、AIGオープンでの試合は力強かった。フットワークは軽快で、ケガをしていた選手の動きではなかった。新しく身に付けた武器は、力感溢れるフォアハンド。以前のように粘ってポイントを拾うのではなく、ショットの強さで相手をねじ伏せた。故障の前の状態に戻ったのではない。彼女は1ランク上のプレーヤーになって戻ってきた。1年2カ月の精進が、そこに集約されていた。

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