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球宴の本塁打競争で
恩返ししたハミルトン。 

text by

津川晋一

津川晋一Shinichi Tsugawa

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photograph byYukihito Taguchi

posted2008/08/07 00:00

球宴の本塁打競争で恩返ししたハミルトン。<Number Web> photograph by Yukihito Taguchi

 「人々は間違いなくいつまでも彼のことを忘れないだろう」。今年の球宴で本塁打競争に優勝したモルノー(ツインズ)にそう言わしめたのは、準優勝のジョシュ・ハミルトン(レンジャーズ)。あの日、主役の座は誰の目にも明らかだった。

 その道程は波瀾に富んでいる。'99年のドラフトで全米1位指名されるも、'01年に交通事故で腰を負傷し、以降はコカインとアルコールに溺れる日々。違反薬物使用の出場停止処分を受け、再びグラウンドに戻ったのは一昨年6月のことだった。「クスリ漬けになっていたあの頃を思い出さない日は一日たりともないよ」。そこから奇跡のカムバック。前半戦メジャートップの95打点を叩き出し、ア・リーグ外野手部門1位で球宴に初選出されたのだった。

 その本塁打競争は、かつての約束を果たす場でもあった。高校時代のコーチで、薬物依存から救い出してくれた恩人でもある71歳のカウンシルさんを打撃投手に指名。メジャーの球宴で本塁打競争に出場したら、カウンシルさんに投げてもらう、そんな少年時代の夢物語を本当に叶えた二人にNYの大観衆も拍手喝采。「マウンドでくたばったらどうするんだい?」「そしたらはく製にしてくれればいいさ」とジョークの息もピッタリだった。

 彼らの強い絆が、大一番でも奇跡を生んだ。過去の本塁打競争1ラウンドの最高は'05年にアブレイユ(当時フィリーズ)が記録した24本。それを軽く抜き去り、あっと言う間に28本の新記録を樹立したのだ。準決勝と決勝を経て、さすがにカウンシルさんの制球も乱れ、ハミルトンの打球も上がらなくなったが、それもご愛嬌。引き上げた通路やクラブハウスでも、誇らしげな祖父とその祖父を労わる孫のように仲良い二人は実に微笑ましかった。

 翌日の球宴本番。試合前にひたすらサインを続けるハミルトンの姿があった。スタンドに詰め掛けた子供たち一人ひとりに「名前は?」「将来の夢は?」と問いかけながら、どの選手よりも長くペンを持ち続けた。「この子たちには無限大の可能性が広がっている。僕がそのモチベーションになれるのならば、こんなに幸せなことはないよ」。後半戦もハミルトンの活躍を心から祈りたい。

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