SCORE CARDBACK NUMBER

スターは誰が作るのか?亀田フィーバーを考える。 

text by

城島充

城島充Mitsuru Jojima

PROFILE

posted2005/09/15 00:00

 「浪速の闘拳」亀田興毅が、なにやら凄いことになっている。

 東洋太平洋の王座に就いた8月21日のタイトルマッチはTBSが日曜日の夕方4時から全国放送、関西地区では平均視聴率14%をマークし、同じ時間帯に他局で放映された宮里藍が今季3勝目を飾った女子プロゴルフの中継を上回った。

 メディアが怪物を育てるのか、怪物がメディアを巻き込みながら成長していくのか。K―1やプライドといった格闘技の新興勢力を前に旗色の悪いボクシング界には皮肉屋が多く、18歳のヒーロー誕生を「TBSがついてるから」と前者の図式で語る関係者は少なくない。

 実際、多くの人と金がその背後で動くようになればなるほど、真の勝負(世界挑戦)までリスクの多いマッチメークは避けられる。業界に「アンチ亀田」がいる背景にはそんな事情があるのだが、他のメディアもまた、等身大の彼の姿を掴みかねてきた印象は残る。

 テレビ局とボクサー、所属ジムの関係はこれまでも嫉妬や羨望、そして時に理不尽な慣習のなかで紡がれてきた。大手ジムが圧力をかけ、ライバルジムのホープのテレビ中継を止めたこともある。

 東京では深夜に放映された高山勝成の世界戦が地元・大阪ではまったく中継されなかった背景にも、別のジムと局との古い関係があると噂された。

 そうした現実に憤り、それでもボクシングを愛してきたファンが求める亀田報道は、おそらく現在のそれではない。

 救いは亀田自身がメディアに注視される重圧を真正面から受けとめ、乗り越えてきた点だろうか。技術的な進歩はもちろん、言葉遣いも少し大人になった。

 《人生は多くの不安定な点でボクシングに似ているが、ボクシングはボクシングにしか似ていない》と語ったのは作家のジョイス・キャロル・オーツだった。

 今のところ、メディアは破天荒なキャラクター=〈ボクサーらしいボクサーの登場〉という単純でゆがんだフレームに亀田を流し込んでいるが、彼に強い輝きがあるからこそ、父とともに人生を賭けて挑むボクシングという競技の本質がにじむような物語を紡げないか。

 ボクシング界に突然現れた強烈な個性は、そんな命題を我々に突きつけているような気がしてならない。

関連キーワード
亀田興毅

ページトップ