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稀なるダブルス専門家、トーマス嶋田が引退へ。 

text by

吉松忠弘

吉松忠弘Tadahiro Yoshimatsu

PROFILE

photograph byHiromasa Mano

posted2004/12/16 00:00

稀なるダブルス専門家、トーマス嶋田が引退へ。<Number Web> photograph by Hiromasa Mano

 男子の現行世界ツアー制度が'70年に始まって以来、優勝経験がある日本選手は2人しかいない。松岡修造は、'92年韓国オープンで、日本男子として初めてツアーのシングルスに優勝した。日本男子のシングルス制覇は、後にも先にも、この1回だけである。松岡は、それに先立つ'89年ニュージーランドオープンで、ダブルスにも優勝している。ならば、ツアー制覇の経験を持つ、もう1人の日本男子は誰か。トーマス嶋田はダブルス専門家として、'01年ハイネケンオープン上海でツアー初優勝。その後、'02年ジェネラリオープン、'03年ブラジルオープンと制し、ツアー3勝を挙げた。その彼が、11月の全日本選手権混合ダブルスを制した直後に、'05年のデビスカップ(デ杯)を最後に引退すると発表した。

 嶋田は米国生まれの米国育ち。全米12歳以下シングルスでは1位にランクされた有望なジュニアだった。'93年にプロ転向。しかし、シングルスは伸び悩んだ。'99年を最後に、嶋田はシングルス出場を減らし、ダブルスに重点を置くことを決めた。「迷ったことは確かです。ともすると、ダブルス専門家という言葉は、テニス選手にとって侮辱と言ってもいい。しかし、僕はそこに賭けたのです」。そして、その賭は成功した。ツアー初優勝を遂げた'01年には、ダブルス世界ランクも自己最高の40位まで上げた。'94年から日本国籍となり、デ杯ではダブルスで貴重な得点源となった。4大大会では、2回戦進出が最高と、惜しくも活躍の場がなかった。しかし、18度の本戦出場は、他の日本選手が単複ともに4大大会本戦出場を逃し続けている現状を見れば、立派な記録である。

 その嶋田も、長年の歴戦で右ひじに故障を抱え、11月に米国で手術を受けた。今年は、世界ランクを100位以下に落とした。「もうテニスは十分ですね。ひじのこともあるし、モチベーション的にも、続ける意欲が低くなった」。'05年デ杯アジアオセアニアゾーン1部1回戦対台湾に出場し、日本が勝てば続くデ杯戦だけには参加する予定だ。もし台湾戦に敗れれば、その時点で嶋田のテニス人生は終わる。嶋田の引退で、日本男子はツアー優勝経験を誇る現役選手がいなくなる。女子に比べ、低迷が続く日本男子に、第2の松岡、嶋田はいつになったら現れるのだろうか。

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