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北の大地で垣間見た、WRCのある風景。 

text by

大串信

大串信Makoto Ogushi

PROFILE

posted2006/09/28 00:00

 馬齢五十を重ねると大概のことには驚かなくなるが、さすがに我が目を疑った。悪名高き道東自動車道を帯広から足寄へ向かって走っているときだ。対向車線にいかつい外観のラリー車がぞろぞろと走り来るではないか。しかも中には日本の車輛登録ナンバーを持ってはいない車輛が混じっている。世界ラリー選手権(WRC)第11戦、ラリージャパンの開催中だから当然と言えば当然なのだが、F1は来てもWRCが国内で開催されることなどありえないと長年にわたって信じてきたわたしにとっては、異次元の光景であった。

 よほどのモータースポーツマニアでない限り、9月初頭に我が国で世界選手権が開催されていたことなどご存じなかったのではあるまいか。F1などに比較するとラリーは少なくとも日本における一般認知度が低い。それどころか、これほどの自動車大国でありながらなぜか自動車そのものは凶器扱いされ続けている我が国にあっては、公道を使用するラリーは日陰者ですらあった。

 ところが小泉内閣の進めた構造改革の結果、道路使用に関する規制が緩和され、それまで地域の祭礼やロケなどに限定されていた公道の使用許可が、モータースポーツにも下りることになった。また、競技車輛が外国ナンバーのまま国内の公道を走るための手続きも簡略化された。こうした背景があって'04年に実現したのが、WRCの国内開催である。

 開催地が北海道ということもあるのか、正直なところ3年目を迎えても認知度は今一つだ。しかし今年初めて現地へ行って観戦したところ、帯広市内の整備基地と周辺の競技区間を結ぶ公道には多くの住民が小旗やカメラ、サイン帳を持って立ち、あたかもマラソン大会の沿道を思わせる様子で、競技が地域に溶け込んでいることに驚いた。これもまた信じがたい光景であった。やればできるのだ。WRC国内開催は継続しなければならない。

 地元の応援に応え、新井敏弘が最上位のWRカークラスで自己最高6位に入賞したことを祝福する。念のために言っておけば新井は'05年、日本選手としては初めてFIAの世界チャンピオンとなった選手である。念のためとはいえ、こんな注釈が必要かもしれないと思わずに済む日がくればなお嬉しい。

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