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芝居にも残る、由緒ある四股名「四ツ車」の復活。 

text by

服部祐兒

服部祐兒Yuji Hattori

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posted2008/11/20 00:00

 相撲界伝統の四股名「四ツ車」が、関取として実に199年ぶりに復活する。

 平成8年春場所初土俵、岩手県花巻市出身、伊勢ノ海部屋所属の「現」四ツ車は、この四股名を序二段時代に継承。恵まれた体格(現在は184cm151kg)と怪力で早くから注目を浴びていたが、立合いの甘さや攻めの遅さ、優しい性格などが災いし、長らく低迷していた。四股名も日の目を見ることなく終わってしまうのかと思われたが、今年に入って開眼。快進撃を続けてついに先場所、西幕下13枚目で見事全勝優勝。12年半かかって念願の新十両の座を射止めた。途中気持ちが切れかけたこともあったようだが、優勝を決めた取組は、得意の右差しからの一気の寄り。長年かけて追い求めてきた相撲内容が、完璧に具現化されたのだ。

 生まれたときに両親が離婚。女手一つで姉弟を育て、角界入りの背中を押してくれた母親の良子さんは8年前に亡くなった。メールなどで連絡を取って支え続けた姉のめぐみさんは、優勝の決まった瞬間をテレビ観戦し、「母が一番見たかったと思う。感動しました」と、感涙にむせんだ。十両昇進会見後、そのまま帰省して母の墓前に報告。決意も新たに九州場所の土俵に臨む。

 ところでこの四股名は、江戸時代から続く名門、伊勢ノ海部屋に伝わる由緒あるものだ。初代四ツ車は20年間幕内を務め、最高位は小結。2代目四ツ車は18歳で入門、35歳で新入幕の遅咲き力士。前頭3枚目が最高位で、伝説の力士、雷電を倒したこともあった。この2代目は花形力士であり、講談や浄瑠璃で語り物となった「め組の喧嘩」にも登場している。文化2年(1805年)、芝神明での勧進相撲興行を、入場料を払わずに見ようとした町火消しと力士の大げんかを描いたもので、歌舞伎では「神明恵和合取組」という芝居になって、市川團十郎の当たり役となった。

 四股名をつけた伊勢ノ海親方から、九州場所で勝ち越せば、市川團十郎に会わせてもらえるという特大の懸賞がついた。気は優しくて力持ち、力士の理想像を地でいくような四ツ車は、さらに筋力をつけ、攻める相撲を磨くと意気込み充分。2代目同様、胸のすくような活躍を、是非とも土俵上で再現して欲しい。

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