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カープの即戦力新人、梵は野村の後を追う。 

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永谷脩

永谷脩Osamu Nagatani

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posted2006/04/20 00:00

 今年の開幕戦、一軍スタメン入りを果たした新人は、西武の炭谷銀仁朗、そして広島の梵英心だった。炭谷は監督の伊東勤が自分の後継者として期待しての起用、梵もまた、新監督ブラウンのお気に入りである。キャンプで徹底して連係プレーに時間を割いた監督が、梵の的確な判断力を評価した。その俊足と強肩は、昨シーズン限りで引退した駒沢大の先輩、野村謙二郎を彷彿とさせる。

 25歳と遅いプロ入りには理由がある。日産自動車時代は、結果を出すまでプロに行かないと決めていた。それは、駒大時代の恩師、太田誠の一言があったからだ。副将を任された4年の春、駒大は53年ぶりに東都2部に転落してしまった。卒業後、肩身の狭い思いばかりしていた梵に、太田は言った。

 「プロに行くのもいい。しかし、お世話になった会社にきちんと恩返ししてからにしろよ」

 日産では入部からしばらく二軍暮らし。しかし、昨年の都市対抗野球で頭角を現す。打率5割2分4厘で首位打者と久慈賞(敢闘賞)を獲得。チームを準優勝に導いて、プロへの道が開けた。

 「子供のころから根っからの広島ファンでした」と言う梵は、小学校時代、現在の広島の抑え投手、永川勝浩と同じ広島県三次市の少年野球チームに所属していた。永川の活躍を耳にするにつけ、「どうしても自分もプロでやりたい」という思いが強くなっていった。だから、地元カープからドラフト3巡目の指名に、四の五の言わず、即座に入団を決めた。

 オープン戦でのスタメン起用は、14試合に及んだが、打率2割2分9厘と低調が続いた。東京に遠征したとき、梵は一人、母校駒大のグラウンドを訪れ、バットを振っている。かつて、スランプに陥ったときに必ず母校を訪れ、「ここに来るとすべてを忘れて原点に戻れるから」と、真夜中に素振りをしていた野村謙二郎に倣ったものだ。

 「僕は外国人に使われるのは慣れていますから。ゴーン社長の会社にいましたからね」と笑う梵だが、「野球でいい生活ができるのは嬉しくて仕方がない」と、目を輝かせる。

 広島に育ち、好きなカープで野球ができる喜び。「一度獲ったポジションは絶対に離したくない」と、梵は言った。

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