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亜久里がはぐくむ、子供たちの未来。 

text by

大串信

大串信Makoto Ogushi

PROFILE

photograph byMamoru Atsuta

posted2007/09/06 00:00

亜久里がはぐくむ、子供たちの未来。<Number Web> photograph by Mamoru Atsuta

 いまや鈴木亜久里は、レーシングカートから国内カテゴリーはもちろん、ヨーロッパのF1やアメリカのIRLのチームにまで手を広げる「世界最大の」レーシングチームオーナーである。その亜久里が熱心に続けてきたのが、自分を育ててくれたモータースポーツの入口、レーシングカートでの活動である。

 10年前、鈴木は自チームで育成する選抜選手を真夏のツインリンクもてぎカートコースに集めて夏期集中合宿を始めた。朝から晩までいやというほどレーシングカートに乗せて、その能力を引き出す環境を作ってみたかったのだという。それの締めくくりはレーシングカート経験者たちを集めた実戦という趣向だった。

 その後育成方法は改良を受け、現在ではARTAチャレンジと銘打ったシリーズ戦が東日本と西日本で開催されてそこから有望選手を発掘する形となったが、合宿は、公募して集めた子供たちを対象に集中レーシングスクールを行い、締めくくりには広く全国から有力な選手を100人以上も募って開催される国内最大級のレーシングカートレース大会ARTAカップを組み合わせた、夏の恒例イベントに発展した。

 実は10年前のわたしはまだ若く、取材がてら実戦にエントリーしたりもしたものだが、いまやとてもそれほどの体力も気力もなく、レース自体も全国から強豪が集まる激戦となっており、取材者に徹して外から眺めることにした。

 おもしろかったのは8歳から12歳までの子供たちが参戦できるクラスで、彼らは大人顔負けのデッドヒートを繰り広げきわどいミスで首位を取り逃がした選手はフィニッシュ後、悔しさに泣き叫び、優勝者は誇らしげに優勝者インタビューに答えるという、モータースポーツの縮図を見せてくれたことだった。

 10年前、鈴木がもてぎに子供たちを集めた頃、彼はもちろんF1チームもIRLチームも持っていなかったし、国内チームをようやく軌道に乗せたばかりだった。今はF1で戦う佐藤琢磨はまだ鈴鹿のレーシングスクールに学び、IRLで戦う松浦孝亮は自分のレーシングカート活動で精一杯だった。時間が経つのは早いものだ。今年の夏もてぎで会った子供たちと、将来、どこでどんな形で会うことになるのだろうと楽しみになった。

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