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奇跡の復活を果たした小橋に伝えたいこと。 

text by

門馬忠雄

門馬忠雄Tadao Monma

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photograph byMasashi Hara

posted2007/12/28 00:00

奇跡の復活を果たした小橋に伝えたいこと。<Number Web> photograph by Masashi Hara

 ノアの12・2日本武道館。腎臓ガンを克服した小橋建太(40)が546日ぶりに復活を遂げた。脳梗塞から再起した高山善廣をパートナーに、三沢光晴、秋山準組とタッグマッチで激突。小橋は三沢の必殺技エメラルド・フロウジョンの前に27分7秒、体固めでフォール負けを喫したが、勝敗抜きに1万7000人の観客がそのリング帰還を歓喜で祝った。

 武道館が地鳴りするような振動を感じたのは、私の知る限り、同会場でプロレス初開催となった'66年12月3日、インターヘビー級王者ジャイアント馬場vs“鉄の爪”フリッツ・フォン・エリックの歴史に残る決戦以来のこと。当時も会場は超満員、主催の日本プロレスの発表では1万4500人の観衆が詰め掛けていた。

 内臓を摘出して、なおリングに上がる。プロレスに命を賭けた小橋の行為を「勇気ある決断」と取るか、「無謀な選択」と見るか、その反応は様々だろう。私は後者の立場だ。

 激闘から一夜明けた3日午後。小橋は横浜市立大附属病院で試合によるダメージ、腎臓機能などの検査を受けた。

 「主治医の中井川准教授から、『今のペースなら問題ないでしょう』と言われましたので、体調管理に注意してこれからのことを考えます。これからが出発、前進あるのみです」

 難関の第一ハードルを越え、安堵の表情を浮かべた小橋。現役続行の確かな手ごたえをつかんだようで、明らかに復帰戦前よりも力強い言葉遣いだった。

 しかし、常に再発の危険を抱えているこれまでには前例のないケースだ。以前に小橋と電話で話したときの言葉が耳に焼き付いて離れない。

 「ドクターが(リングに上がることを)OKって言うわけないでしょう。すべて自己責任ですよ」

 小橋は次のステップに地方の試合への挑戦を掲げた。三沢らフロントはその希望を受け入れ、'08年1月11日の高知大会、13日の博多大会への小橋出場を発表したが、小橋は私にとって特別な選手。シリーズ巡業参加はそんなに焦らないで欲しい。プロレスにおける“鉄人”は不滅の王者ルー・テーズだけでいい。小橋選手、

 「無理するなよ!!」

 高知、博多の試合から戻ったら、いつも通りの笑顔で挨拶を交わしたい。

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