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テニス界における五輪の位置づけに変化。 

text by

吉松忠弘

吉松忠弘Tadahiro Yoshimatsu

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photograph byHiromasa Mano

posted2007/03/08 00:00

テニス界における五輪の位置づけに変化。<Number Web> photograph by Hiromasa Mano

 あと1年5カ月もすれば、また夏季五輪の季節がやってくる。五輪担当記者をやっていると、冬季五輪もあわせ、2年や4年ごとのサイクルに体がなじんでしまう。もちろん、日常の業務に手を抜くわけではないが、五輪が近づくにつれ取材や出稿量は必然的に多くなり、多忙となるサイクルがすっかり染みついてしまったようだ。五輪より4大大会に重きを置くテニスの世界でも、このサイクルが少しずつ認識され始めている。

 1月の全豪期間中に、日本のエースである杉山愛が、北京五輪への思いを初めて口にした。31歳という年齢を考えれば、現役である時間は残り少ない。これまで「1年、1年が区切り」と話してきたように、五輪に関しても「先のことは考えられない」と、昨年までは明言を避けてきた。しかし、年頭のオーストラリア遠征で、その心境に変化が起きたようだ。

 「多くのベテラン選手が五輪を機会に引退しようとしている。話してみて、そんな終わり方も悪くないと思い始めた」

 杉山は、コーチで母の芙沙子さんと、この数年、引退の仕方を真剣に考え始めた。どのような終わり方が、もっとも杉山自身にふさわしいのかを模索中。その選択肢に、五輪も加わったということだ。

 '88年ソウル五輪でテニスが正式競技に復帰して以来、テニス界で五輪は微妙な位置づけだった。4年に1回という五輪特有のサイクルは、毎年定期的に行われる4大大会を中心としてきた選手の体内時計を狂わせる。やはり64年間のブランクは大きいのだ。トップ選手が次々と欠場するのも、自分の感覚が狂い、ツアーに影響を与えるのを恐れるがためだった。

 しかし今度の北京五輪で、テニスは復帰後6大会目を迎える。実際にプレーした選手らの肉声や体験が語り継がれ、少しずつ五輪のテニスも定着してきたようだ。特に若い選手には五輪への思いが強い。ツアー転戦のサイクルが染みついていない分、五輪への抵抗感も少ない。今年の男子国別対抗戦デ杯対中国戦で、日本男子の最年少勝利を挙げた18歳の杉田祐一も「出たいですね。五輪は目標のひとつです」と目を輝かせる。

 テニス選手として4大大会の重要性は変わらないだろうが、彼らの年代が主流になる頃には、五輪のテニスは確立されているのかもしれない。

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