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力道山ジュニア、ミッちゃんの夢ふたつ。 

text by

門馬忠雄

門馬忠雄Tadao Monma

PROFILE

posted2008/12/18 00:00

 団塊の世代から昭和プロレスの記憶は消せない。その象徴だった力道山が1963年12月15日に没し、今年で45年になる。

 戦後が生んだ歴史的ヒーローを忘れては困る、ということで「力道山記念館」(仮称)設立の動きが具体化してきた。構想を打ち明けてくれたのはほかならぬ力道山の次男、プロレスリング・ノア副社長の百田光雄氏だ。

 「父が逝ってそろそろ50年。その前に何とかしなくては、というのが百田家のテーマ、願いでした。あれだけの人でしたから、都内のしかるべき場所に、チャンピオンベルト、トロフィー、ガウンなど思い出の品々を展示して、多くの人に見てもらいたいと思っています」

 '54年12月22日、蔵前国技館で行なわれた木村政彦との日本選手権試合で使用したベルトもあるという。他にどんなお宝ベルト、秘蔵フィルムが公開されるのか、いまから楽しみだ。

 遺品の管理を行なっているのは、百田氏の夫人である保恵さん。現在、力道山グッズのPRや販売に携わり、業務全般の責任者としてリキエンタープライズ社長をつとめている。

 「トロフィーやカップなど金属類の保管は結構難しいんですよ。常にカビや錆に気をつけなければいけないので。正式発表まで楽しみに待っていてください」

 古い仲間たちは力道山ジュニアの百田氏をミッちゃんと呼ぶが、そのミッちゃんは'05年11月にデビュー35周年をクリアすると、今年の9月21日には還暦を迎え、23日には2日遅れの記念試合をディファ有明で行なったばかり。いまなお現役にこだわり、「ラッシャー木村の61歳8カ月の常時出場最年長記録を更新する」と意気軒昂だ。

 そんなミッちゃんががんばる背景には、一人息子の力くんを何とかプロレスラーに、という夢があるのだ。力くんは27歳。180cm、95kgという体格で現在は都内のスポーツジムでインストラクターを務め、ノアのテスト待ちという状態。「年齢的にもギリギリだし、こればっかしはね」と親父は苦笑いするが、合格すれば初の親子3代レスラー誕生となる。

 来春ともいわれる力道山記念館のオープンとともに、小さなミッちゃんに大きな夢が膨らんでいる。

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