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米ツアー参戦4年目で
蘇った宮里藍の笑顔。 

text by

三田村昌鳳

三田村昌鳳Shoho Mitamura

PROFILE

photograph byTaku Miyamoto

posted2009/08/26 06:00

全英リコー女子オープンでは我慢のゴルフで1オーバー、メジャー自己最多タイの3位に

全英リコー女子オープンでは我慢のゴルフで1オーバー、メジャー自己最多タイの3位に

 宮里藍が、米女子ツアー「エビアン・マスターズ」で初優勝を遂げた。優勝インタビューでは「こんなに嬉しい事はないです。ひとりじゃない、日本人はとても素敵だと」と、喜びを表現した。

 宮里が米女子ツアー参戦する直前の2005年暮に、丸山茂樹と対談をした。そのとき彼女は「私には、まだ生々しい苦労っていうのがなくて、ずっとここまでそういう星の下にいて、ここまで来れたっていうのがあるんです。これからその苦労を知っていくのだろうと思っています」と語っていた。夢に向かっていくワクワク感と、その先にある苦難の道のりをしっかりと噛みしめていたのだろう。

宮里が悩みスランプに沈んだ、米国の芝の違い。

 メディアはすぐに結果を求める。参戦を、優勝という結果と結びつけたがる。だが現実には、馴れない海外での生活、広いアメリカを毎週飛び回る旅に加え、ゴルフコースの芝の違いが日本人選手を悩ませる。

 例えば、ティーショットをしてボールがフェアウェイに止まったとしても、ボールが数ミリ沈んで葉先がかかると、それだけで次のショットに影響が出る。

 海外でプレーする難しさについて、丸山茂樹はこう語ったことがある。

「ボールとクラブのフェース面の間に、芝の葉が1枚噛む(挟まる)だけで、ボールは微妙に曲がるし、距離感が変わる。だから、葉が噛まないような打ち方をマスターしなければ、コースは攻略できない。特に、米ツアーのコースは、1ヤード違っただけで、ピンに近づくか、どんどん離れるかというシビアな条件をつきつけられる場面ばかりですから」

 宮里が悩んだことのひとつに、そんな技術的な面もあった。それがスランプにつながった。

復活を支えた裏側には、多くの仲間の存在が。

 不調だったころ、写真家・宮本卓の「宮里藍写真展」で、彼女のこんなメッセージが書かれていた。

『気がつけば、ひとりじゃないから、大空に 翼を広げて 夢追える。空のように 海のように あふれる夢の温もりが、ブルーな私も 包んでくれる。夢と一緒に歩いていれば、未来(あした)の私に 笑顔で逢える』

 米ツアー参戦4年目にしてようやく手にした初優勝。その翌週に出場した全英リコー女子オープンでも3位に入った。宮里の笑顔が、再び輝きを見せた。

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