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NBA入りして4年、さらに成長したヤオ・ミン。 

text by

宮地陽子

宮地陽子Yoko Miyaji

PROFILE

posted2006/04/06 00:00

 ヤオ・ミンに何か伝えたいこと、聞きたいことがあるときは、彼の右側に立つほうがいい。子供のときに病気を患ったヤオは薬の後遺症で左耳がまったく聞こえないからだ。この4年の間にNBAの記者やヒューストン・ロケッツのチームメイトが学んだことである。

 ヤオのほうもアメリカのバスケットボールについて多くを学んできた。何しろ、その学習意欲はロケッツのコーチ陣のお墨付。いつも2時間早く練習場に来ると、アシスタントコーチとともに前の試合のビデオを見て反省し、次の試合の相手の研究をするのが日課だという。

 去年12月半ば、ヤオは左足親指の骨髄炎治療のために手術を受け、約2週間、動くこともできない日々があった。NBAに入ってからの3シーズンで2試合しか欠場したことがなかったヤオにとっては、練習すらできない日々は苦痛だったが、その時間も無駄にはしなかった。

 「コンピューターを抱えて、一日中ビデオを見ていた」とヤオは言う。ハリウッド映画を見ていたわけではない。試合のビデオを研究していたのだ。じっくりとチームメイトのプレーを研究し、相手ディフェンスを研究した。

 「おかげで、ペイント域の片側から反対側への動きがずっとよくなった」とヤオは自己分析する。「必要なスピードは前から持っていた。でも、動く角度などを工夫することで、そのスピードをうまくいかせるようになった」

 研究の成果なのか、足が完治してからのヤオの活躍は目覚しい。2月のオールスター後から3月18日までの13試合の平均で28.2点、12.6リバウンド、2.1ブロック。2月27日には、西カンファレンス週間MVPも受賞した。見るからに積極的なプレーをするようになったが、それは自分のプレーに自信を持てるようになった証でもある。

 3月、チームメイトのトレイシー・マグレディが背中の故障で長期欠場することになっても、ヤオは動じなかった。

 「自分が何をやればいいのか、チームが自分に何を求めているかわかっている。自分が誰なのかわかっている」と、コメントも逞しい。

 アメリカに来て4年目。そういえば、昨季まで常に彼の右側にいた通訳の姿を、今シーズンは一度も見かけていない。

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