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松坂がエース対決で見せた8年間の集大成。 

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永谷脩

永谷脩Osamu Nagatani

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photograph byHideki Sugiyama

posted2006/10/26 00:00

松坂がエース対決で見せた8年間の集大成。<Number Web> photograph by Hideki Sugiyama

 東尾修(西武)と山田久志(阪急)、江川卓(巨人)と遠藤一彦(大洋)。いつの時代もエース同士の意地のぶつかり合いを見ると、胸が締め付けられる思いがする。ましてや舞台が、負けられないプレーオフとなればなおさらだ。

 10月7日、プレーオフ第1ステージ初戦、西武・松坂大輔対ソフトバンク・斉藤和巳の投げ合いは、真のエース対決だった。2人に「エースの条件とは?」と聞くと、松坂は「負けないのがエース」、斉藤は「大事な局面で投げるのがエース」と答える。スライダーを見せ球に、力に固執しない松坂に対して、前半から力勝負をしてくる斉藤。言葉通り、松坂は負けないための投球をし、斉藤は意気に感じてマウンドに立っていた。

 1点をもらった8回が象徴的だった。4番松中信彦に対して松坂は、2-3から3回首を振ってフォークを投げる。松中のバットは空を切った。エースなら、誰もが望む4番との力勝負。しかし勝つために、あえてそれを封印した。

 最後の打者、本多雄一からこの日最高の151kmで三振を取った時に見せたガッツポーズを除けば、冷静沈着、大人のピッチングに徹した。

 これほどまでに勝ちにこだわったのは、1位通過がかかった9月26日、ロッテ戦で負けたことが一つ。そして、日本で最後の登板になるという意識もあったろう。ウイニングボールを細川亨から受け取ると、大事そうにポケットにしまいこんだ。「まだ野球はわからないだろうけれど、娘に記念としてあげたい」と言った。

 松坂が横浜高で春夏秋と3冠を達成して西武に入団したのは、'98年のことだった。入団交渉の時、当時監督だった東尾は、自らの200勝達成記念のウイニングボールを、わざわざ愛娘の理子から返してもらい、「200勝投手になれるようにがんばれ」と松坂にあげた。松坂は、8年間でその半分の勝ち星をあげ、来季メジャーへの道を歩もうとしている。

 思えば松坂が、本当の意味で「負けないのがエース」と言える働きをしたのは、'04年、中日との日本シリーズ第6戦だったと思う。そしてこの日の6安打完封。最後の登板が最高のピッチングとなった。プレーオフ敗退が決まった後、西日が射すライトスタンドに、帽子を取って挨拶に出かけた松坂の姿に、胸が詰まった。

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