SCORE CARDBACK NUMBER

還って来たD・ウェイド、“金”をもたらした新境地。 

text by

宮地陽子

宮地陽子Yoko Miyaji

PROFILE

posted2008/09/25 00:00

 7月、北京に向けて発つ前にドウェイン・ウェイドは頭をきれいに剃り上げた。オリンピックが終わるまでの1カ月はバスケットボールだけに集中するという意気込みの表れだった。

 「この1カ月は朝起きて髪を整えたり、格好よく見せようなんて気にせず、プレーすること、金メダルを持ち帰ることだけに集中する」と言っていた。

 北京オリンピックで王座奪回を達成したアメリカ代表。'04年アテネ五輪と'06年さいたま世界選手権の一員だったウェイドも優勝への思いは強かった。と同時に、彼個人としても故障からの復帰をコート上で見せたいという思いもあった。

 ウェイドにとって、'03年にNBAに入ってから3シーズンは何もかもが順調だった。2年目にオールスターに選ばれ、3年目にして優勝を遂げ、ファイナルMVPにも選ばれた。しかし翌シーズン、故障で状況は一転した。それから2年は肩と膝の故障に苦しみ、その影響でウェイドに対する評価は転落し、チームも低迷した。弱肉強食のプロの世界では賞賛された翌日に叩かれるのは常とはいえ、過去の選手のような扱いを受けることが悔しかったという。

 「人々の中にある疑いの気持ちをすべて消し去りたい」と、ウェイドはオリンピックに向けて以前はあまり熱心でなかったトレーニングに本腰を入れた。オリンピック中も早朝からのトレーニングを欠かさなかったという。若いときは運動能力任せでもやっていける。しかし、故障を乗り越え、年を重ねても高いレベルを保つためにはトレーニングが重要だということに気づいたのだった。

 ウェイドのオリンピックでのプレーは、彼のことを忘れかけていた世間には衝撃的だった。控えから平均18分余という限られたプレータイムながら、チーム最多の平均16点をあげた。鋭いドライブインや豪快なダンク、そして新境地を開いたディフェンスでアメリカ優勝に貢献し、まさに人々の“疑い”を消し去った。

 「NBA優勝も金メダルも自分にとって同じくらい大事。でもこの金メダルは苦難を経験した後だけに嬉しい。それだけありがたみも感じている」とウェイド。

 表彰式で首からかけられたメダルの重みを確認するウェイドの頭には、髪がうっすらと生えてきていた。

関連キーワード
ドウェイン・ウェイド
NBA
北京五輪

ページトップ