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スーパースターとメディアの変貌。 

text by

稲川正和

稲川正和Masakazu Inagawa

PROFILE

photograph byTakuya Sugiyama

posted2007/02/22 00:00

スーパースターとメディアの変貌。<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama

 いきなり私事で恐縮だが、この1月末で小誌編集部を離れ、フリーになった。在籍期間は16年と4カ月。思えばその間、次から次へといろんなスポーツが流行り、何人ものスーパースターが生まれた。

 初めて編集部に足を踏み入れた頃、世はF1と競馬ブームに沸き、その中心にはセナと武豊がいた。オグリキャップの引退で競馬ブームが落ち着くと、NBAとジョーダンが脚光を浴び、'93年にはJリーグが発足、三浦知良は一躍時代の寵児となり、彼がイタリアに渡ると、セリエAではデル・ピエーロが名門ユベントスの若き司令塔として輝いていた。野茂英雄がメジャーに挑戦したのが'95年。2年後、「ジョホールバルの歓喜」を演出した中田英寿は私たちにW杯の魅惑を教え、それは'02年日韓共催でピークに達する。

 その頃からだろうか、スポーツを取り巻く様相が変わったような気がする。ワイドショーまでがスポーツを取り上げ、一般紙のスポーツ面も拡充された。衛星放送の多チャンネル化、ネット環境の充実により、試合中継は増え、スーパースターの一挙手一投足が瞬時に伝えられるようになった。情報の消費量が増えれば、当然、飽きも早い。ブームは生まれては消え、英雄たちのカリスマ性もあっという間に剥ぎ取られてしまう。

 私が思うのは、去年の「亀田現象」のことだ。ブームではなく、現象という言葉を使いたくなるほどその消費は早かった。せめて、かつての辰吉丈一郎のような、背後に拡がる物語の豊かさ、ボクシングという競技の奥深さが亀田興毅から感じられれば、もう少し事情は違ったのかもしれない。たとえば8月のランダエタ戦で逆転KO勝ちしていれば、語るべき物語は豊富にあったのだろう。強いライバルがいれば、もっといい。スーパースターを支える物語は、そうしたスポーツの文脈の中からしか生まれないからだ。それが、家族愛とわかり易いキャラ付け、世界チャンピオンという肩書きだけでは、情報の大量消費時代に耐えられないのも無理はない。所詮、マスメディアがスーパースターを創り出すことなど、不可能なのだ。メディアにできることは、次のブームの担い手が現れるのを待つだけ。それこそ眼を皿のようにして、その萌芽を見逃さぬようにするしかないのだろう。

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