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柳本ジャパンから学ぶべき教訓。 

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posted2005/03/17 00:00

柳本ジャパンから学ぶべき教訓。<Number Web>

 地獄の底から届くような暗い響きで「終わりました……」――アテネ五輪準々決勝で中国に敗れた直後、吉原知子主将が筆者へかけた電話の声のことである。

 そこから遡ること数カ月。アテネ五輪を控え、日本中が女子バレーブームに沸くなか、舞台裏で進行していたチームの“異変”が本書では明かされている。

 その“異変”とはマスコミの寵児となった知将・柳本晶一監督の変化のことだ。メディアへの対応や、本来は協会の仕事であるオリンピックに向けた事務的手続きに忙殺され、選手達に目が届かなくなった。仕方なく選手は、自分たちで団結をはじめたという。

 「選手たちは毎日ミーティングを行い、意思の疎通は万全になった。団体競技では珍しく、主体性も確立されていった。

まず監督ありきで、そのあとに選手が黙々とついてくる。そんな構図があった女子バレー界では、画期的なこと」

 しかし、五輪では5位に終わった。もっとも、ときには夜間練習にもつきあいチームを見続けてきた筆者は、精一杯の結果だと評価する。

 では、柳本監督が選手たちをもっとサポートできれば、結果は違っていたのだろうか。足りなかったのは何なのか。

 「柳本監督に足りなかったのは、まず五輪監督としての経験。経験が足りなかったからこそ、殺到するマスコミに翻弄されてしまった。それに、協会のサポートも貧弱だった。五輪でメダルを取るために何が不足していたのか、検証して欲しかったから活字にしたんです」

 ポジション別に布団を敷いて体育館に選手を寝かせた山田重雄監督の鬼指導ぶりがいまだもてはやされていることからもわかるように、男性監督絶対論は根強く残る。だが、女子バレーは競技の特殊性ゆえ同性監督は無理、との説を、筆者は「全然関係ない」とあっさり却下する。

 「女子バレーは伝統的に女性の指導者を育ててこなかった。女性監督が登場しなかったのは当然です。

 確かに柳本監督は戦術や戦略の面では優秀だった。けれども、選手たちの雰囲気や心の微妙な変化を見分けるのは難しかった。彼女たちの繊細な気持ちを瞬時に嗅ぎ分けるには、同性の方が適しています。最後にコートに立つのは選手。彼女たちの能力を全て発揮させることのできる女性指導者が、これからは必要とされる時代が来る」

 となると、未来の監督候補として吉原知子の名が思い浮かぶ。

 「吉原の魂は、監督向きといえるかも知れない。でもすぐには無理。優秀な監督になるには、世の中の仕組みを理解して、人を動かす術も学ばないと。そのためには、政治的なことや、ビジネスを勉強する必要がある」

 世界を相手に戦うための広い視野、協会や企業などとの交渉能力などは、監督の絶対条件というわけだ。奇しくもバレー引退後の吉原の夢は、国際的なビジネスウーマンと聞く。好きな語学を活かした仕事につきたいと考えているらしいが、この偶然がいつの日か実を結ぶことを勝手ながら期待したい。

 「本人は、まるで興味ないみたいですけどね」

 本書には、チームに密着取材していただけあって、スポ根青春マンガさながらの涙なくしては読めないマル秘エピソードも満載されている。すべての選手の証言から本音を引き出しているところは、現場主義の“見張り系”スポーツライターの面目躍如である。

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