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プロ初優勝に見た“石川時代”の萌芽。 

text by

三田村昌鳳

三田村昌鳳Shoho Mitamura

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posted2008/11/20 00:00

 石川遼がプロ転向後、ツアー初優勝した。17歳1カ月は、プロ史上最年少の優勝だ。石川は「途中誰かに助けて欲しいなと思うくらい苦しいゴルフで泣きそうになったけど、最後に必ずいいことが待っていると思ってプレーしました」と優勝スピーチで言った。

 本音だ。石川が若いからとか、経験不足だからではなく、考える時間が長いゴルフでは、精神的に追い詰められるシーンばかりが続く。初日から4日間、ゲーム中に夜を迎え寝るということを3夜繰り返し、18ホール、約4時間のゲームを4回、強いられる。

 17歳の石川は、その重圧に見事耐え抜き、しかも優勝をもぎとった。

 尾崎将司がデビューしたときも、なかなか勝てなかった。'71年、日本プロでの初優勝はデビューしてから1年後のことだった。

 その時、優勝を争ったのが'69年に年間6勝をあげ「杉本時代」を築いていた杉本英世である。当時の話を杉本に聞いたことがある。杉本は、尾崎の台頭に危機感を抱かざるをえなかった。それは「この男に一度勝たせたら、もう勢い、流れは止められない。なんとしても勝たせてはならない」と思ったからである。

 '73年の第1回サントリーオープンでは、杉本と尾崎の一騎打ちとなった。杉本は17番ホールでチョロしてしまうほど入れ込んでいたが、執念で尾崎を下した。だが、尾崎の破竹の勢いを止めることはできなかった。尾崎はこの年5勝をあげて初の賞金王を獲得する。

 今回の石川の初優勝で、勢いや流れが「石川時代」に向けていくことになるかもしれない。彼の強さは、物怖じしない、澱みのないショットである。躊躇せずに攻めていく。2位に入った10月の日本オープンでも同じだった。優勝した片山晋呉をはじめ、ほとんどの選手がセオリー通り、ドライバーを無理して使わずに刻んでポジションプレーをしているのに対し、徹底的にドライバーで攻めていた。

 尾崎が「若いうちは、80叩いても翌日は65を出す。そういう大きな波があったほうが大成する」と言っていたことがある。冒険することで痛い思いを繰り返し、そうやって弾き出した攻め方がセオリーになる。石川はようやく大器の道の、まさしく第一歩を踏み出したばかりである。

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