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JRAの体質も変えた
ディープインパクト。 

text by

片山良三

片山良三Ryozo Katayama

PROFILE

photograph byTomohiko Hayashi

posted2005/09/29 00:00

JRAの体質も変えたディープインパクト。<Number Web> photograph by Tomohiko Hayashi

 JRAが無料で配布するレーシングプログラムが小冊子のスタイルに変わり、中身も徐々に進化してきている。それ以前は必要最低限の情報が、他に類を見ないほど異様に縦に長い形状の上質ではない紙に印刷されたものが無造作に置かれていただけで、その俗称はなんと「フンドシ」。使われ方も悲しくなるほどのもので、席取りの証拠物件としてイスに敷かれるのはマシなほうで、急な雨のときには傘のかわりに頭にかざされる役目をさせられてきた。配布する側も、法律で定められたものを作り、とりあえず置いておけばいいや、の感覚だったに違いない。

 今年のダービー当日のレーシングプログラムは特に秀逸だった。なんと、これから走る(当然、結果はまだわからない)ディープインパクトの大型ポスターが、付録として綴じ込まれていたのだ。これはオフィシャルサイドの予想行為というものに過敏な拒絶反応をしてきたJRAとしては革命的な出来事。負けたら赤っ恥、という慎重論も当然あったはずだが、主催者側だってこれぐらいの勝負はしなければならない。当日、スター誕生の瞬間を見届けたファンは、きっと大満足でJRAの英断を持ち帰ったはずだ。

 ディープインパクトに対する特別扱いはその後も継続中。夏場は涼しい札幌競馬場でゆったりと調整したわけだが、そのときの調教ゼッケンは馬名が入った特殊なものを用意した。札幌のファンには調教も公開しているのだが、そのときに「スター」がどこにいるか、すぐにわかるようにと配慮したのだ。

 そして9月11日に栗東トレセン帰厩。このときは担当の市川厩務員のコメントつきで、「本日、午前4時32分に到着いたしました」とプレス向けにリリースが流されるという徹底ぶり。ここは、競馬会の経営感覚が「官」から「民」へ近づいてきていることを喜ぶべきなのではないかと思うことにした。

 武豊騎手が命名した「英雄」という呼称は、最初はこそばゆい感じがしたものだが、最近は耳にしっくりくるようになってきた。秋初戦は神戸新聞杯(9月25日、阪神芝2000m、GII)。無敗で3冠奪取など、やって当たり前という風潮だが、当事者たちは胃が痛くなる思いだろう。とにかく無事を祈りたい。

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