SCORE CARDBACK NUMBER

日本人初の大舞台に。平林レフェリーの快挙。 

text by

大友信彦

大友信彦Nobuhiko Otomo

PROFILE

photograph byShinsuke Ida

posted2007/04/05 00:00

日本人初の大舞台に。平林レフェリーの快挙。<Number Web> photograph by Shinsuke Ida

 北半球王者を決める欧州6カ国対抗最終週。24点差以上で勝てば優勝のフランスは、20点差で迎えた後半ロスタイム、執念でインゴールへ殺到。守るスコットランドは腕をねじ込んでトライを阻もうとする。レフェリーはビデオ確認の合図……スリリングな、でも正直言うと間延び感も漂う時間。お気楽なテレビ観戦者は「一番近くで見てるんだろレフェリー!」とつっこみたくもなるが……。

 「主審は『僕はトライだと思うが、何かトライを与えない理由があったか?』と確認していたんです。6カ国対抗の序盤の試合で、リプレイではノックオンだったトライがあったので、念入りに確認する申し合わせがしてあったんですよ」

 そう明かしたのは、劇的なピッチに立ち会った平林泰三氏だ。昨季のトップリーグでベストホイッスル賞に輝いた日本のトップレフェリーは、前節のイタリア×ウエールズに続き、この試合の線審を務めていた。W杯では過去、'95年大会の豪州×ルーマニアで斎藤直樹氏が主審、'91年大会の八木宏器氏と'99年大会の岩下眞一氏が線審を務めたが、前回の'03年は日本人に声はかからなかった。選手同様、レフェリーも今や世界のトップはフルタイマーの時代。それだけに、世界の頂点ともいえる6カ国対抗の優勝決定戦で日本人が線審を務めたのは快挙だ。

 平林氏は31歳。40代が中心の日本のレフェリーでは際だって若いが、キャリアはすでに13年。宮崎RSでプレーを始め、大学1年でレフェリーの道に。以来豪州留学を重ねて選手として、審判として、世界のトップ国のエキスを吸収。27歳の'02年から国内主要試合を吹き始めたが、「僕の最終目標は、W杯決勝のチームオブファイブ(主審と線審、副審、映像担当による審判団)に入ること。年齢的に45歳をピークと仮定したら、20代で世界に出ないと遅い」と決意し、日本初のフルタイム・レフェリーに転身。'03

〜'04年は日本IBMの契約社員、'05 〜'06年はピザーラ所属のプロとして活動してきた。日本代表がW杯で決勝の舞台に立つのと、レフェリー日本代表がW杯決勝を「吹く」のとどちらが先か、これから競争だ。

 その6カ国対抗。前節まで全敗のウエールズは最終戦でイングランドを破り最下位脱出。楽しみなW杯本大会だが、日本が戦うウエールズはやはり難敵だ……。

ページトップ