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五輪ヒーローが消える不思議現象とは。 

text by

吉松忠弘

吉松忠弘Tadahiro Yoshimatsu

PROFILE

posted2004/09/22 00:00

 アテネ五輪が終わった。メダル組は、あわただしくテレビ出演をこなし、イベントや祝勝会に大忙し。それとともに、我々マスコミ陣が忙殺された時期も幕を閉じようとしている。日本のテニスは、杉山がシングルス8強入り、ダブルスがメダルを逃したが4位と、健闘したと思う。メダルラッシュの中で、影は薄くなったが、'88年ソウル大会でテニスが五輪に復帰して以来、最高の成績だった。しかし、同時に、やはりテニスのトッププロの出場は、五輪の舞台にそぐわないと実感したアテネだった。杉山は、「4年に1度のスポーツとは、やはり懸けるものが違うと感じた」と話している。水泳、陸上、柔道などの関係者からは「甘い」とお叱りを受けるだろうが、4年に1度、五輪で燃え尽きることを目標にやっているスポーツと、毎週、毎年、真剣勝負を余儀なくされるテニスが、五輪という同じ舞台で戦うことに違和感を覚えるのだ。

 男子テニスで、金メダルを懸けて戦ったシングルスの選手を覚えているだろうか? マス(チリ)とフィッシュ(米国)である。「鱒に魚」という冗談のような組み合わせだが、この名前を聞いても、大半の人は知らないだろう。チリに五輪史上初の金メダルを単複制覇でもたらしたマスは、アテネで「参加するのが夢だった。それなのに金まで取れるなんて」と感激の涙に浸った。それは感動話としては面白いが、五輪の男子シングルスでベスト4に残った選手は、続く全米で全員3回戦にも進めなかった。五輪を頂点とする各スポーツで、五輪のメダリストが世界選手権で早期敗退など考えにくい。五輪と4大大会。どちらが重要かという話ではない。戦う土俵が、あまりにも違うのだ。4年に1度のリズムは、テニスには決して馴染まない。だからこのような、ほかのスポーツにしてみれば、不思議な現象が起きてしまう。

 サッカーは年齢制限とオーバーエイジ枠で、W杯との住み分けをこなしている。何回も繰り返すが、テニスも、同じ発想ができないものか。テニスが五輪に復帰した理由は、テニス途上国への普及が目的だったはずだ。出場枠を1カ国最大4人に広げ、層を厚くすればするほど、当初の目標は難しくなる。闇雲にトッププロを出すことが、五輪のテニスの発展につながるとはとても思えない。

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