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杉山―ヒンギス戦に見た、化かすテニスの真骨頂。 

text by

吉松忠弘

吉松忠弘Tadahiro Yoshimatsu

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photograph byHiromasa Mano

posted2006/07/24 00:00

杉山―ヒンギス戦に見た、化かすテニスの真骨頂。<Number Web> photograph by Hiromasa Mano

 テニスは「狐と狸の化かし合い」と昔の人は言った。まだ木製ラケットの時代だ。年月を経て、用具は進化し、それとともに技術も向上した。いつしか「化かし合い」は「殴り合い」のパワーテニスへと姿を変えた。「殴り合い」は、強烈なインパクトで見るものを圧倒する。トップ選手たちのすごさをひしひしと感じさせる。フェデラーのパワフルな片手バック、ナダルの強烈なスピン、ウィリアムズ姉妹のロケットサーブ。しかし、「殴り合い」が主流になるにつれ「化かし合い」を懐かしく思うのは私だけだろうか。ウィンブルドン3回戦で見せた杉山愛とマルチナ・ヒンギスの試合は、その欲求を見事に満足させてくれた。

 2人ともに、現代テニスにおいては大きな弱点がある。武器となる一発がないことだ。つまり「殴り合い」はできない。必然的にラリーは続き、それが杉山の金星にもつながった理由だ。詰め将棋のように数手も先を読み、自分と相手のショットの球種、コースを複雑に組み合わせる。じわじわと相手を追いつめ、頭脳戦はいつしか神経戦の模様も呈す。

 この試合、杉山のウィニングショットは、バックのストレートだった。しかし、そのショットを決めるために餌を用意した。フォアなら回り込んで打つ逆クロスの短い球、バックなら得意の鋭角のクロス。この餌で、ヒンギスを彼女のバックサイドのネット近くにおびき出し、フォアサイドを空けさせた。杉山の餌に対し、ヒンギスはバックで返球する。そのコースは、ほとんどが杉山のバックに来るクロスである。ストレートに返球するためには、ネットの高いところを通す必要があり、リスクが高いからだ。この「化かし合い」に杉山は勝った。ヒンギスはこの攻めに精神的に疲れ果て、最後は「化かし合い」を放棄。単調なプレーになり、自滅の道を歩んだ。

 久しぶりにテニスの中身がおもしろかった。「化かし合い」は見るものも化かす。「殴り合い」のような驚きや感嘆は少なく分かりにくいが、それを解読しながら見る楽しさがテニスにはある。杉山の母、芙沙子さんが勝利を絶賛したのは、その「化かし合い」に勝ったからだ。残念だったのは、次戦で杉山が、ブレモンに12本のエースを打たれ「殴り合い」に敗れたことだった。

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