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傷だらけの敗者が見せた心揺さぶるドラマ。 

text by

前田衷

前田衷Makoto Maeda

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posted2005/10/27 00:00

 試合を観ていて、1ラウンド3分がこれほど長く感じることは滅多にない。WBC世界フライ級タイトル戦の初回──。

 青コーナーから勢いよく飛び出した内藤は、タイの王者ポンサクレックに果敢に打ち合いを挑んでいく。右も決まるが、逆にサウスポーのチャンピオンが迎え撃つ左ストレート、右フックが内藤の顔面を捕らえる。「危ない!」内藤が被弾するごとに、応援の女性から悲鳴が上がる。

 3年前、タイで行われた世界フライ級タイトル戦。一世一代の晴れ舞台の初回、内藤は王者ポンサクレックの強打に沈められた。この時のKOタイム「34秒」は百年の伝統を誇るフライ級世界選手権史の最短レコードとして残されている。勝者としてならともかく、敗者として名を残すことがどれほどの屈辱か。「今もトラウマになっている」と内藤は言う。この2年後、今度は勝者として日本タイトル戦の最短記録(24秒のKO勝ち)を樹立しても、それは変わらない。

 そして迎えたポンサクレックへの再挑戦。王者を前にした試合前日の記者会見で「1Rに何かが起こる、いや、起こしてみせる」と挑戦者は言った。リップサービスではない。黒いトランクスには「最短男」の文字。内藤はこだわりの人でもあった。

 「試合のヤマ場にしたい」と内藤が言った1回は、結果的に何ごとも起きなかった。だが、充実した打撃戦で、内藤のキャリアを通じてのベスト・ラウンドではなかったろうか。

 2回に右眉をカットして以降も、内藤は積極的に打撃戦を展開した。この日の王者は前回の楽勝からくる油断のせいか動きが悪い。内藤の前回とは別人の鬼気迫る攻撃に肝を冷やしたろう。それでも、両者の力の差は大きく、内藤の気迫も善戦健闘が精一杯だった。7回に内藤の出血がひどくなり負傷判定ルールが適用されるまで、スコアの上では、毎回のように王者が得点するワンサイド・ゲームだった。ただし初回だけは例外で3人のジャッジ全員が内藤優勢と採点している。倒しも倒されもしなかったが、試合中内藤が「倒れないで戦い続けること」それ自体が観る側の心を揺さぶるドラマだった。敗者の顔は、傷だらけとはいえ、当然ながら晴れがましさを漂わせていた。

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