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27歳の新人王・攝津正は
51年ぶりの記録を目指す。
~ソフトバンクの苦労人が追う夢~ 

text by

永谷脩

永谷脩Osamu Nagatani

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photograph byNIKKAN SPORTS

posted2010/01/05 06:00

27歳の新人王・攝津正は51年ぶりの記録を目指す。~ソフトバンクの苦労人が追う夢~<Number Web> photograph by NIKKAN SPORTS

オールスターではファン投票中継ぎ部門から新人でただ一人選出され、第1戦に登板した

 福岡県警中央署の一日署長や、九州・筑豊電鉄のイベントに参加するなど、このオフ多忙を極めている選手のひとりに、ソフトバンクの攝津(せっつ)正がいる。

 '09年、リーグ最多の70試合に登板。5勝2敗34H、防御率1.47の成績で、新人王に輝いた。文句のつけられない成績を残し、年俸が1200万円から5千万円に上がった今も、「新人王を獲得しましたけど無駄な四死球も多かったので、2009年の自己採点は80点。結果を残したこのフォームを忘れないために、オフでも毎日キャッチボールを続けます」と驕る様子は全く感じられない。

アドバイスに耳を傾ける素直な姿勢が成功に導いた。

 秋田経法大附属高時代から「東北に攝津あり」と言われ、毎年ドラフト候補に挙がっていた。しかし指名されたのは卒業から7年経った2008年のこと。すでに26歳。5位指名での入団だった。

 そんな攝津がプロ入り1年目から活躍できた理由は、秋山幸二監督をして「素直にして努力家」と言わしめたその性格にあるのだろう。

 高校卒業後に入社したJR東日本東北では、コントロール向上のため、それまでの豪快なフォームを変えた。球の出所を見えにくくする、テイクバックの小さなフォームにしたのである。

 またプロ入り直後の新人研修で、高山郁夫投手コーチから「セットポジションで投げたら? そうすれば直球と変化球のフォームの見分けがつかなくなる」とアドバイスされると、すぐに実行。オープン戦で10試合に登板し、3勝3S、防御率0.00の好成績を挙げ、見事開幕一軍の座を掴んだのだった。

来季の目標は“神様”稲尾以来の「2年連続70試合以上登板」。

 年間70試合以上に登板した投手は、プロ野球全体でのべ31人いたが、2年連続となると稲尾和久('58年~'59年)以降現れていない。そこで'10年の目標を「2年連続70試合以上登板」に決め、新年1月からは馬原孝浩と共にハードな自主トレに挑むという。

「いつか野球でメシを食えればいいな、と思って社会人時代も無遅刻無欠席で頑張ってきた。なかなかプロから指名されなかったけど、諦めなくてよかった。野球を仕事にできてこんな幸せなことはない」。新人王に選ばれた喜びを素直にそう表現していた攝津。真摯に野球に取り組み続けた遅咲きの東北人が、ついに福岡の地で花開いたのである。

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