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対照的ながらあっぱれな引退を懸けた2力士。 

text by

服部祐兒

服部祐兒Yuji Hattori

PROFILE

posted2007/12/13 00:00

 力士生活の幕引きとなる引退、その苦渋の決断をかけ、九州場所、2人の力士が土俵に上がった。

 まずは言わずとしれた大関魁皇。史上ワースト11度目のカド番。痛めていた左太ももは完治せず、場所前の関取衆との稽古は無し。ぶっつけ本番で挑む悲壮な姿、その太ももには特大のサポーターが巻かれていた。正に満身創痍。その必死の相撲を後押ししようと、観客からは連日魁皇コールがわき上がった。福岡県出身の魁皇にとって、この進退を懸けた場所が九州場所だったことは、極めてラッキー、その判官贔屓の声援は、大関としては辛いものだろうが、この状況下では、さぞや心強かったに違いない。

 初日は全く相撲にならず完敗し、引退の2文字がちらつく中での2日目。雅山の巨体を力強く受け止めた魁皇は、瞬時に二本差して一気の寄り、その豪快な取り口は、開き直りの気持ちから生まれた。「思いきりいって体が壊れるのなら仕方ない」。形にこだわらず、がむしゃらに前に出る相撲に徹した魁皇がたどり着いた無心の境地である。14日目の勝ち越しを決めた琴光喜戦。「本当に何も考えず、立ち合いも迷わずに行けた」。精神的脆さを露呈することの多かった魁皇が土壇場で弱点を克服し、現役続行を決めた。誠にあっぱれな復活劇だった。

 もう一人の力士は、知る人ぞ知る現役最年長力士、序二段の一ノ矢だ。鹿児島県徳之島町出身。角界初の国立大出身力士として、'83年九州場所で初土俵。24年間に及ぶ相撲人生の中で取った相撲は、計1002番。昭和以降の最年長記録をどこまで伸ばすか注目されたが、13日目の取り組みを最後に引退を発表した。琉球大学理学部卒の一ノ矢は、理系らしく「相撲は理詰めで探究できる」と土俵一筋の生活を続けたが、46歳で「けじめ」の引退を決意した。最高位は16年前の東三段目6枚目、関取の夢は叶わなかったが「あっという間。やればやるほど相撲の面白さや奥深さが分かってきた」と心憎い言葉を残した。自らの相撲道の探究に加え、多くの新弟子たちに相撲の基本を教え続けた一ノ矢。「相撲の横綱にはなれないが、四股の横綱にはなれる」。極めようとした四股は、しっかりと受け継がれたはずである。涙無き味わい深い引退劇、これもまたあっぱれだった。

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