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古くて新しい、全豪の開催時期問題。 マリア・シャラポワ 

text by

吉松忠弘

吉松忠弘Tadahiro Yoshimatsu

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photograph byHiromasa Mano

posted2007/02/08 00:00

古くて新しい、全豪の開催時期問題。 マリア・シャラポワ<Number Web> photograph by Hiromasa Mano

 このコラムは全豪テニスのプレスルームで書いている。オーストラリアは今、夏真っ盛り。2週目の現在(1月22日)こそ気温は20℃台に落ち着いているが、第1週は40℃を超える猛暑が続いた。シャラポワは初戦で脱水症状に見舞われ、試合後に医師の治療を受けた。

 全豪にはエクストリーム・ヒートポリシー(猛暑対策規則)という独特のルールがあり、気温が35℃を超えると、レフェリーは屋外コートでは新たに試合を始めない権限を行使できる。しかし、今回のシャラポワの脱水症状と痙攣を契機に、そのような規則を作らなくてはいけない環境でスポーツをすること自体に、再び疑問符が投げかけられた。

 だがこの問題は、今に始まったことではない。全豪は現行ツアー制度が始まった'70年代から開催時期問題で揺れてきた。

 オーストラリアは別名「ダウンアンダー(地球の裏側)」と呼ばれる。北半球のどこからも遠く、全豪にトップ選手が集まるようになったのは最近のことだ。以前は、猛暑の1月にわざわざオーストラリアに行くのを避け、2月からツアーをスタートさせる選手が相次いだ。そこで主催者は'77年から開催時期を12月に前倒しし、4大大会の最後を締めくくる大会とした。しかし今度はクリスマスと重なり、オフの欲しい選手からまた避けられた。

 選手が集まらなければスポンサーも付かない。大会は規模を縮小し、'70年代後半には女子の出場人数は現在の4分の1の32人まで落ち込んだ。

 その危機を救ったのは、'88年に完成したメルボルンのナショナルテニスセンターである。4大大会に相応しいこの施設に選手やスポンサーも集まりだし、開催時期も1月に戻された。

 だが、肝心の猛暑に対しては開閉式屋根付きコートを2面作っただけで、効果的な対策を施せないでいる。この数年は、全豪を3月に移行する案が浮かんでは消えてきた。ツアー日程は過密状態だが、シャラポワも「50℃近い中でプレーするのは生死にかかわる。大変なことは分かっているが、時期をずらすべき」と話す。

 全豪ほどの大会を動かせば、その前哨戦や既存の大会の日程に影響は計り知れない。いつまで経っても全豪の苦悩は続くようだ。

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