SCORE CARDBACK NUMBER

激戦の花園に残されたとある選手の足跡。 

text by

大友信彦

大友信彦Nobuhiko Otomo

PROFILE

photograph byNobuhiko Otomo

posted2006/01/26 00:00

激戦の花園に残されたとある選手の足跡。<Number Web> photograph by Nobuhiko Otomo

 冷気に包まれたグラウンドの一角に、静かな、しかし熱い空気を発してピッチを注視する一団がいた。年末の花園。全国高校大会の2回戦。シード校の茨城・茗溪学園と対戦していたのは静岡の東海大翔洋。静かな応援団の手には手書きの応援ボードが掲げられていた。

 「SH倉津がんばれ!」「完全燃焼!」

 熱い視線を浴びていた東海大翔洋の3年生SH倉津圭太は、生まれつきの難聴者だ。中学時代は野球に打ちこんだが「激しいスポーツがしたくて」反対する両親を説得し、高1でラグビー部へ。プレー中は補聴器を外すため周りの音は聞こえないが、読唇術とブロックサインで仲間とコミュニケーションをとる努力を重ね、背番号9をつけて花園へ。1回戦では高知・土佐塾に88対0で圧勝。2回戦では高校日本代表SH田村弘毅を擁する茗溪に59対3で大敗したが、倉津の滑らかで伸びるパスと頑健なタックルは最後まで光った。

 「今までになかったくらい、悔いのないプレーができました。対戦が決まって、茗溪のビデオを見てから自分のプレーも良くなったと思う。田村くんはさすが日本代表だなあと思うくらい巧いけど、やっぱり負けたくなかったから」

 世界を目指しているのは自分も同じだ。高2の春に、難聴者による「デフラグビー」の日本代表強化合宿に参加。'02年の世界大会では日本が7人制の部で準優勝を飾っている。4月から日本福祉大に進学してラグビーを続ける倉津にとって、日本代表入りは最大の目標だ。

 「デフの日本代表選手はみんな、難聴でも強い気持ちでプレーしてる。僕もそれに接して気持ちが前向きになった」

 見えないところからタックルされるのは怖くない? と聞くと「それは分かるから大丈夫」と笑顔で即答。冒頭の応援は、大阪のラグビースクール「OTJ」でプレーする、やはり難聴の姉弟と、家族や仲間たちによるものだった……。

 5連覇に挑んだ啓光学園が準々決勝で大工大高に敗退。頂点には準々決勝ではロスタイムの逆転勝ち、準決勝ではゴール前のピンチを耐え抜き……奇跡の勝利を積み重ねた伏見工がついた。高校ラグビー史の節目になるかもしれない今季の花園に、もうひとりのパイオニアが足跡を残したことを記憶しておきたい。

ページトップ