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20年の時を経て、「ナカジマ」が帰ってきた。 

text by

今宮純

今宮純Jun Imamiya

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photograph byHiroshi Kaneko

posted2007/11/15 00:00

20年の時を経て、「ナカジマ」が帰ってきた。<Number Web> photograph by Hiroshi Kaneko

 22歳でF1デビューとなった中嶋一貴。父の悟氏は'87年ブラジルGPに34歳で初出場、予選12位、決勝7位でそこから5年間、74戦のグランプリ・キャリアをスタートしていった。あれから20年。一回り若い22歳の彼を最終戦ブラジルGPで見ていて、かつての父は“サムライ”然としていたが、一貴は初々しい“少年剣士”のように感じられた。

 日本人としては最年少記録になる。ウイリアムズのA・ブルツが中国GPでF1引退を決意、今年からサードドライバーを務めていた彼が最終戦でそのシートに納まることになった。いわゆるスポットエントリーだがすでに5戦でフリー走行を走り、F1の雰囲気は知っている。20年前の父の時とは印象が違って見えた。

 いきなり初日午前フリー走行は雨。同い年だが急激に成長してきたチームメイトのN・ロズベルグに2.197秒遅れの16位、父は“雨の中嶋”といわれたが彼は初コースを着実にマスターすることを優先していた。午後は次第にドライに変化、7位ロズベルグに0.009秒差の8位にアップする。ライン取りも正確で、コース脇で見ていて遜色ない走りだ。

 土曜は暑くなった。上位勢もバランスを崩しかける中、19位にダウン。ロズベルグは10位で、0.651秒差で9位も下がってしまうのが今年の厳しさである(僕が見ていたコーナーで小さなミスもあった)。やはり予選の1回目、22台一斉アタックが関門になってくるに違いない。かき分けながら1周を攻めきれるかどうか。結果は19位だった。正直に彼は「2度のアタックで2度とも……」とミスを認めた。ブレーキングで攻めすぎたようで、その先の予選には進めなかった。

 チームはレース戦略として1回目ストップを31周目に延ばし、燃料を積ませた。重いマシンで粘り、順位を上げていかねばならない難しい条件だったが9位に浮上、そこまではよかったのだがピットインで止まりきらずにクルーをはねてしまう。しかしそのあとは落ち着き自己ベストラップを次々に更新、10位まで戻してみせた。レース中の全ドライバーの“5位”に相当する彼のベストラップは、4位入賞したロズベルグよりも0.043秒優っていた。着順では父を超えられなかったが、ベストタイム記録で上回ってデビュー戦をしめくくった。

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