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悲願のGP復帰へ。
青山周平、最後の挑戦。
~再起に懸ける苦労人ライダー~ 

text by

遠藤智

遠藤智Satoshi Endo

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photograph bySatoshi Endo

posted2009/10/05 06:00

悲願のGP復帰へ。青山周平、最後の挑戦。~再起に懸ける苦労人ライダー~<Number Web> photograph by Satoshi Endo

4月の日本GPに出場した際は、アルバイト先のラーメン屋のステッカーを貼って走った

 今季シートを失い、ライディングスクール講師やラーメン屋のアルバイトをしながら復帰のチャンスを狙っていた青山周平が、WGP250ccクラスの終盤4戦に出場することになった。

「ワイルドカードで出場した日本GP(4月)で6位になったときに話があった。それがやっと実現する。成績を残さなければ途中でクビになるかも知れないが、このチャンスをモノにしたい」

 そんな決意を胸に9月中旬に渡欧した。

ひたむきさを失わず、自らチームと交渉して掴んだ契約。

 チャンスを得た日本GPに出場するため、青山は必死の資金集めをした。6月と8月には、グランプリの会場を訪れて就職活動を行なった。そして、日本人ライダーの置かれている厳しい環境をあらためて実感する。

「自分でチームのドアを叩き、自分で交渉した。なにもかも初めてだったけれど、すごくいい経験になった」

 それを真摯に受け止め、声を掛けてもらったドイツのチームと粘り強い交渉を続けた。また、来季からスタートする、モト2クラス(4ストローク・600cc)の開発ライダーとして、フランスのチームからスペイン選手権に4戦出場することも決まった。

 両チームともに資金持ち込みは必要ないが、契約金なしという厳しい条件で、9月下旬から11月中旬までの約2カ月間で計8レースを戦う。それでも、「カテゴリーの違うバイクを乗り換えるのは厳しい。でも、いまはたくさん走ることで自分の力をアピールしたい」と、表情は明るい。

「絶対に負けたくない」という兄・博一の活躍が刺激に。

 ホンダ・レーシング・スカラシップで世界に出て、デビューした'06年は250ccクラスでルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得した。だが、翌'07年はランキング11位と低迷し、オフにシートを喪失。そのため'08年はスーパーバイク世界選手権にスイッチしたが再び低迷し、世界不況も逆風となりシートを失った。

 全日本時代から「絶対に負けたくない」という兄・博一が、最大のライバルで目標だった。その兄が250ccクラスで今季、チャンピオン争いをしていることも大きな刺激になった。過去、WGPのシートを失った日本人が復活を果たした例はほとんどない。日本GPのワンチャンスをモノにした青山周平の、どん底からのチャレンジに注目したい。

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