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マスターズが瞠目した、“二刀流”の切れ味。 

text by

三田村昌鳳

三田村昌鳳Shoho Mitamura

PROFILE

posted2006/05/08 00:00

 今年のマスターズの覇者はフィル・ミケルソンだった。見事な勝利もさることながら、大会ではミケルソンの“二刀流”が話題になった。

 ミケルソンは、通常のドライバーに加え、もう1本のドライバーをキャディーバッグに入れてマスターズを戦った。ドライバーを2本使ってプレーすることは珍しい。使用できるクラブが14本に制限されている以上、ドライバーに2本も使うのは惜しい──。大抵のゴルファーはそう考えるからだ。

 「14本以内」というルールが確立されたのは、1936年にさかのぼる。それ以前は、バッグの中にクラブを何本入れても構わなかった。マスターズの創始者であり球聖と呼ばれたボビー・ジョーンズは、当時の年間グランドスラム(全米オープン、全米アマ、全英オープン、全英アマ)を達成していたときに18本のクラブをバッグに入れていたし、ウォルター・ヘーゲンという名手は、なんと25本ものクラブを使ってプレーしていた。

 古い資料や写真を見ると、熊手のようなクラブもあって、おそらくそれは池に入ったときに使うものだったのだろう。必要に応じてクラブの形状を自由に選ぶというのが当時のゴルフだった。

 ところが、「14本以内」の規制によって、同じクラブで左や右に球筋を曲げるスイングの技術が求められるようになった。つまり、「14本以内」の規制はゴルファーの技術の向上に寄与したのだが、慣性モーメントが大きいチタンヘッドが主流になった現在では、小手先のテクニックでは球筋を打ち分けることが難しくなってきている。そこに目をつけたのがミケルソンの“二刀流”だった。

 ミケルソンの2本のドライバーの使い分けは、基本的に球筋にあった。ミケルソンはドロー(左利きのミケルソンの場合、右に曲がるボール)とフェード(同様に、左に曲がるボール)の使い分けを、従来のようにスイングの違いに求めなかった。同じスイングをして、球筋の変化は道具に委ねるほうがリスクが少ない。それがミケルソンの考えだった。

 その発想を体現し、ミケルソンは覇者となった。だが、「道具の特性」に頼りすぎると、「人間の技」が薄れていってしまうのではないか……。それが少し心配にもなった'06年のマスターズだった。

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