SCORE CARDBACK NUMBER

42歳で悲願の初戴冠。
中西学の「辛抱10年」。
~IWGP新王者の素顔~ 

text by

門馬忠雄

門馬忠雄Tadao Monma

PROFILE

photograph byYukio Hiraku/AFLO

posted2009/06/04 06:00

 このコラムに3回登場、本誌'01年1月11日号の表紙も飾った“忘れられかけていた大物”が初戴冠を果たした。

 決して春の珍事ではない。なせば成る。5月6日の東京・後楽園ホールで棚橋弘至(32)を21分42秒、得意のジャーマン・スープレックスホールドで破った、中西学のことだ。生粋の新日本育ちでは史上最年長、42歳3カ月のIWGPヘビー級王者誕生となった。

元五輪代表にして本物のプロレスラー魂を持つ男。

 '92年のバルセロナ五輪に出場し、プロ転向表明。そのわずか1カ月半後に異例の早期デビューを飾った。その新人時代には、こんな話がある。

 世田谷区上野毛にある道場兼合宿所で、毎夜、冷蔵庫の食品が消えるという“事件”が起こった。犯人は他ならぬ186cm、110kg級の怪物クン。これを聞きつけた“和製ゴリラ”ことマサ斎藤は、「オレの2代目ができた。やっとレスラーらしい奴が入ってきたよ」と目を細めたものだ。

 馬場、猪木、坂口の大型化時代を見てきた記者の目には、中西の体格は確かにレギュラーサイズに映る。だが、あのヘラクレス体型は貴重だ。鍛え上げられた肉体に惚れ込み、デビュー早々、すっかり「学ちゃん」のファンになった。

 持ち前のパワーレスリングを開花させたのは、'99年8月のG1クライマックス。「闘魂三銃士」の一角、武藤敬司からアルゼンチン・バックブリーカーでギブアップを奪い、初優勝したのである。続いて、ライバル永田裕志とのコンビでIWGPタッグ王座をも奪取。その勢いに乗って一気にIWGPシングルも……、と思われたが、同年10月11日の東京ドーム、肝心のタイトル戦で武藤の腕ひしぎ逆十字固めに敗れてしまう。この挫折以来、再挑戦と失敗の繰り返しだった。待ち望まれて10年である。腐らずよく辛抱したものだ。

ついに現れた大型外国人に勝てるパワーレスリング王者!

 新日本のアマチュア部門「闘魂クラブ」設立時のトップで、元五輪選手の育成に尽力してきた坂口征二・坂口道場代表も、「よく我慢した。あの体はすごいよ。入門時と変わらないもんな。相当にケアしているね」と驚嘆する。

 久しぶりに現れた、大型外国人選手に通用するパワーレスリング王者だ。6・20大阪大会、棚橋とのリターン・マッチに勝って「中西時代」到来を叫べるか!?

■関連リンク► 逆風をばねに輝きを増すノア。
► 結婚を告白した新王者棚橋弘至への期待。

ページトップ