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日本プロレスを語れる、最後のレスラーの引退。 

text by

門馬忠雄

門馬忠雄Tadao Monma

PROFILE

posted2006/02/09 00:00

 「もー、いいでしょう。疲れたよ」

 “ツバ大王”の異名で人気のあったノアのほのぼのレスラー・永源遙が40年の選手生活を区切りにリングを降りる。

 1月11日の後楽園ホールで突然の引退表明。女性客で埋まった会場を驚かせた。都内では3・23後楽園、故郷の石川では3・25産業展示館(金沢)、3・26スポーツセンターろくせい(中能登町)の引退記念興行が現役最後の試合となる。

 現役で還暦を迎えたのは、ミスター珍、ジャイアント馬場(いずれも故人)、ラッシャー木村に次いで4人目だ。

 '66年、大相撲の立浪部屋から東京プロレスに入門。同年10月の旗揚げ戦の蔵前国技館、木村政雄(ラッシャー)戦でデビュー。その後、日本→新日本→ジャパン・プロ→全日本→ノアと主要団体を渡り歩き、力道山以後の日本プロレス盛衰史を語れる数少ないひとりだ。

 馬場の水平チョップを食らう度にツバを飛ばし、リングサイドに新聞紙やパンフレットの花が咲いたのは悪役商会時代。物見高いある週刊誌にはそんな珍風景を「体液を売りにする、したたかなプロレス商法」と皮肉たっぷりで報じられた。

 ツバ戦法は当たった。しかし、女性ファンからは顰蹙(ひんしゅく)を買った。本人は「体もないし(178cm)、これといって武器もない。考えたらこれしかなかった」と照れ隠しでインタビューから逃げ回っていたのを思い出す。腰に巻いたベルトは新日本時代の国際から奪ったIWA世界タッグ王座くらい。華々しい戦績もなく、中堅選手としてこれだけ長く現役を貫いたプロレスラーも奇特だ。日プロ時代から永源をよく知る新日本の坂口征二相談役はこう語る。

 「人当たりがよく、とにかく体調管理を大事にした。彼は酒もタバコもやらない」

 そんな永源のもうひとつの顔はノアの営業担当取締役。1・22の日本武道館大会。秋山準が田上明をヒザ攻撃で沈め、第9代GHCヘビー級王座に就くのを見届け、超満員のスタンドを見上げていた。

 新日本がドーム興行を撤退した今、業界で東京ドーム大会を打てる団体はノアしかない。3年連続開催に水を向けると「ウチは身の丈に合った商売をするだけ。無理はしない」とのこと。それにしても永源の入場テーマ曲『必殺仕事人』が聞けなくなるのは寂しい。

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