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仰木彬が見守る中村紀洋の再出発。 

text by

永谷脩

永谷脩Osamu Nagatani

PROFILE

posted2006/02/09 00:00

 清原和博に続いて、神妙な顔つきで献花をする中村紀洋。1月21日に行われた仰木彬氏の「お別れの会」で、中村は、今季から加入するオリックスの本拠地、スカイマークスタジアムに姿を見せた。

 年俸5000万で契約したドジャースでは、結局、17試合出場5安打3打点0本塁打、3Aラスベガスでは、2割4分9厘22本塁打の成績に終わった。「これ以上いてもメジャーに上がれるチャンスがない」というのが日本球界復帰の理由。傷心の帰国では、やはり周囲の目は冷たかった。

 だが、仰木だけは違った。「年俸を下げてまで夢を追ったのだから、立派なもんだ」と褒めてくれたのである。近鉄時代、自分を育ててくれた恩師の死が、オリックス入りへの踏ん切りを付けさせてくれた。

 「近鉄に入団したころは“いてまえ打線”といわれていた。僕にもまだ“いてまえ”の血は流れていますから」

 1年間の海外生活を経て、中村は変わった。叶わぬメジャーへの夢を追うなかで、マイナーのファンサービスを知り、「チームは誰に支えられているかということが肌でわかった」と語った。早速、日本でもそれを実行した。今年の自主トレ公開後、ファンが待ち続けていたグラウンド前には、最後までサインを続ける中村の姿があった。以前の中村のイメージからは考えられなかったことだ。

 清原にしても、中村にしても、その態度と風貌から誤解を受けることもある。ともにめんどくさがり屋だから、あえて弁解もしない。だから余計に誤解される。だが本来は、グラブに娘の名前の刺繍を入れる、家族思いのやさしい男だ。

 中村の代名詞は日本で307本塁打を記録したフルスイング。だが、仰木が好きだったバッティングは違う。

 「近鉄時代、西武の松坂大輔のスライダーを狙いすましてライトフェンスにぶっつけた芸術的なやつや」

 清原に愛着ある背番号5を譲って8を付ける中村。清原は中村との関係を評して「ソースとマヨネーズの濃い関係」と言った。“パ・リーグ広報部長”を名乗った仰木の後をこの2人が務めれば、パ・リーグの野球はもっとおもしろくなるはずだ。

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