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順位争いの陰で戦う。11年目、吉川の正念場。 

text by

永谷脩

永谷脩Osamu Nagatani

PROFILE

posted2008/09/25 00:00

 ケビン・コスナー主演の映画に『さよならゲーム』というマイナーリーグを描いた作品がある。キャリア12年目のベテラン捕手が主人公の映画だが、福岡ソフトバンクホークスの吉川元浩も似たようなタイプの選手である。

 東京農大二高から近鉄バファローズに投手として入団したが、ヒジを壊して野手に転向。ウエスタン・リーグの本塁打王に輝き、これからというときに近鉄から巨人にトレードになった。イースタン・リーグでは打点王になりながら昨年は若手切り替えの球団方針により、出場回数が少ないまま解雇されてしまった。

 近鉄の二軍監督だった石渡茂が、ソフトバンクの二軍監督になっていたという縁も手伝ってトライアウトを経て、ソフトバンクに入団を果たした。外国人の獲得に失敗したことが、吉川が育成選手から支配下選手になるきっかけとなったのだ。

 29歳の吉川は育成選手としては決して若くはないが、「うちにはいない長距離砲。ひと皮むければ面白い」とソフトバンクの王貞治監督は登録したのである。

 吉川にチャンスがまわってきたのは、支配下選手登録から17日後の8月17日のことだった。8月20日の西武戦でレフト前に初ヒットを放つと8月28日のオリックス戦では、逆転のきっかけとなるライト線への二塁打を打った。さらには、8月29日の西武戦ではクローザー、グラマンの初球をレフトスタンドへ豪快に運び、プロ入り11年目にして初本塁打を放ったのである。

 「これでプロ野球人として記録に残る」と群馬では名の知れたテニスプレイヤーだった父親も、大喜びの一発だった。

 だが、現実は厳しい。9月6日に多村仁の一軍復帰に伴い、再び二軍落ちとなってしまった。9月半ばになると、クライマックスシリーズに向けて選手を試したり育てる余裕がなくなる。足が速い、守備がいい等の武器を備えた選手が一軍に生き残るのである。

 10歳年上の妻と2人の子供。契約金の全てを父親の経営する会社再生に譲った苦労人。育成時代に「子供はすっかり博多弁になった。福岡で長く暮らせるように、このチームで活躍したい」と言っていた吉川にとって、これから生き残りをかけた本当の勝負が始まる。

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吉川元浩
福岡ソフトバンクホークス

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