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表彰台に至るまでの知られざる苦闘。 

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posted2004/12/16 00:00

表彰台に至るまでの知られざる苦闘。<Number Web>

 もう残された時間は少なかった。北島康介のコーチ、平井伯昌の日記にはこう書かれている。

 <6月25日(金)

  オリンピックまであと50日。

  康介、まったく動かず。膝も良くならない。あせる>

 何かが狂い始めたのは、4月の日本選手権あたりからだった。100m平泳ぎ決勝のタイムは1分00秒39。五輪代表に内定はしたものの、59秒台も当たり前という雰囲気の中では、物足りない記録に感じられた。200mも決勝こそ2分10秒70とまずまずだったが、予選、準決勝はともに2分14秒台。新聞記者が「こんな北島は見たことない」と驚くほどだった。

 「平井さんとしては、日本選手権にピークを持ってこなかったのは一つの作戦だったんです。ここで無理に仕上げてしまうのではなくて、あくまでもアテネを見据えて体をつくっていこうと。ただ、どこかに山場がないと、気持ちが盛り上がってこないというのはあるじゃないですか。結果的に、今年に入ってからオリンピックまで、本当に満足のいく泳ぎをしたことは一度もなかった。そうすると、やっぱり不安にもなりますよね」

 5月のヨーロッパ合宿でも調子は上がらず、6月12、13日に行われたヨーロッパグランプリ・ローマ大会では、200mは2位、100mは3位と、長水路(50m)プールでは2001年の世界選手権以来となる敗北を喫してしまう。この大会から帰国後、平井は「200mの泳ぎを意識する」と発言し、これが曲解されて、100mは諦めたかのように報道されたりもした。加えて、この時期に北島は風邪をひき、さらには左膝にガングリオン(結節腫)ができて、平泳ぎの練習ができない状態になる。

 「6月の終わり頃はどん底でしたね。かえって、それで覚悟が決まったというか、やるしかないという気持ちになれたんじゃないかと思うんですよ。7月になると、ブレンダン・ハンセン(米)が世界記録を更新したというニュースも入ってくる。ショックを受けるかと思いきや、それを聞いた北島は、開き直って集中力を増していったんです。北島と平井さんは、何かマイナスの材料があっても、いつもそれをプラスに転化させてしまうんですよね」

 スペインのグラナダ、バルセロナ、イタリアのサルディニアと合宿を続けていく中で、北島の状態は徐々に上向いていく。何か特別な秘策があったわけではない。ジタバタせずに自分の形で泳ぐことに徹して、最後は彼の類まれな精神力に賭けたのだ。

 「北島のいちばんのすごさは、試合度胸の良さ、本番でベストパフォーマンスができる精神の強さにあるんです。アテネでも、それが2つの金メダルをもたらしたと思いますね。この精神力が維持できている限り、北京への道も見えてくるのではないでしょうか」

 本書に収録された昨年7月の世界選手権からアテネまでの1年間の軌跡を見ても、北島がたとえコンディションに恵まれない時期であっても精神力で結果を残してきたことが良くわかる。その闘争本能は、オリンピックのプレッシャーにも負けることはなかった。ただ、アテネでのレース後に涙を見せたというエピソードは、そんな彼が実はいかに悩みもがいていたかを教えてくれる。人間・北島康介の苦闘を知ったとき、金メダルの感動はより一層味わい深いものになるはずだ。

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