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熱く燃えた15年の軌跡。
さらば、男・大久保直弥。 

text by

大友信彦

大友信彦Nobuhiko Otomo

PROFILE

photograph byShinsuke Ida

posted2009/04/29 07:01

熱く燃えた15年の軌跡。さらば、男・大久保直弥。<Number Web> photograph by Shinsuke Ida

 幼少期からの経験が不可欠。ラグビーに限らず、多くのスポーツや芸術の世界で言われる常套句だ。

 だが、遅れて始めることは不利なだけじゃない、武器にもなりうるのだ――そう教えてくれたのが大久保直弥だった。

 高校時代はバレーボールでインターハイ出場。法大入学後にラグビーを始めたが、頂点とは無縁の4年間。サントリーに入社した際も「不器用だしルールも知らない」と本人が苦笑する“素人”だった。

 だからこそ、自分が出来ることには一切妥協しなかった。

「ラグビーはタックルだ」と教われば、踏まれても蹴られても起き上がり、骨軋むタックルを反復した。どれだけ強大な相手にも逃げない勇気と献身で、社会人2年目には日本代表入り。'03年W杯での猛タックルは“ブレイブ・ブロッサムズ”の称号を日本代表にもたらした。'07年度マイクロソフト杯決勝でサントリーが三洋電機を破った“ファイナルラグビー”も、相手のタックルに倒れず耐える大久保がいて初めて成立した。先頭に立って身体を張る姿勢に、ともにプレーした選手は皆「男の中の男」と惚れた。

 その大久保が、ジャージーを脱いだ。

一切の言い訳無しに、その男は去っていった

「自分が身体を張れなくなったら生きる場所はない。老兵は消え去るのみです」

 引退コメントをお願いすると、大久保は、一切言い訳をしなかった主将時代のように潔く言い切った。激しいプレーの蓄積は、すでに肉体の限界を越えていたのか。火花散るタックルをもう見られないのは寂しいが、これまで与えてもらった感動への謝意はそれに優る。

 同期には箕内拓郎、大畑大介、岩渕健輔……日本ラグビーを支え、世界に挑んだ英雄が並ぶ。彼らは小学生時代から楕円球を追い、世界に比肩する実力を養った。大久保はラグビーとの出会いは遅かったが、その分、ラグビーの本質を誰よりも追求し、短い競技生活を惜しむようにさらに上を目指した。'04年には単身NZのサウスランドへ挑戦。18歳でラグビーを始めた「不器用で、足も遅い」男は28歳で、ラグビー王国の地域代表チームでプロ契約を勝ち取った初めての日本人選手となった……。

 この春、新たな海へ漕ぎ出す全ての方へ。辛く苦しい場面に出会ったら、どうぞ男・直弥の軌跡を思い出して下さい。

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