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スポーツと酒場。この愛すべきもの。 

text by

松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

PROFILE

posted2005/02/03 00:00

スポーツと酒場。この愛すべきもの。<Number Web>

 流氷に覆われたオホーツク海に面する北海道は常呂町でカーリングを眺め、J2に沈んでもレッズへの愛冷めぬ浦和の人々のため息を聞き、ソフトテニス一色の街があると聞けば、能登半島の先端へと旅立つ。2000年7月の津軽を皮切りに、'03年春、バグダッド空爆のニュース流れる広島まで、スポーツを求めて訪ねたのは全国三十数カ所。本誌連載をまとめた一冊である。

 構想のきっかけは、著者がスポーツ紙記者だった頃の体験にある。

 「スポーツ新聞の記者は命ぜられるままいろんなところにいくわけです。たとえば、明日あそこ行ってくれとデスクに言われて、地方の高校野球の予選にさしたる予備知識もなくぱっと行くと、予選の会場とか面白いわけですよ。スポーツの現場にいると、喜怒哀楽が凝縮されているんだけど、喜怒哀楽におさまらないような独特の感情、風景があるわけです。それをいつか書いてみたかった」

 スポーツの盛んな街、スポーツに情熱を注ぐ人を全国に訪ねた書。いたってシンプルであり、すぐにでも思いつきそうな企画だ。だが、それを他に類を見ないものにしているのは、優れた芸術作品がそうであるように、細部にある。中心にあるスポーツ。それをめぐる人々の微かな感情。誰も一顧だにしないような街中の光景。それらが一文すらおろそかにできない緊密性をもって絶妙につながりあい、中心にあるスポーツが再び魅力あるものとして現れる。ある選手いわく、「全身が感受性のような」著者ならではだろう。

 ところで文中に気になる一節が。〈スポーツライターだから、素敵な酒場は直感でわかる〉とある。

 「スポーツは、観る者にとって心地よい甘美な世界なんです。もちろんそこに切なさや怒り、悲しみもあるけれど、基本的には、地方に行って、あるスポーツを異様に愛してしまった人を見ると心地よいわけです。すると喉が渇く(笑)。酒場も、好きな人にとってはものすごく愛すべき場所じゃないですか。だから似ている」

 スポーツにとりつかれた人々に触れる。取材を終えれば、酒場の暖簾をくぐり、液体で喉を潤す。感じた熱を、冷ますことなくそのままに伝える。一読、スポーツがさかんになる理由は全国どの街であれ、共通であることを知る。一方で、街々の独自性が見えてくる。ああ狭い日本はこんなにも彩りが豊かでこんなにも違うのか、と。

 「スポーツを異常に愛している人間を見ると、それは共通なわけです。全国どこでも。だからこそ風景の違いが際立つんだと思います」

 最後に。内容もさることながら、本書は、著者のスポーツライティングの持論を、突き詰めた成果でもあり、最良の仕事といってもいい作品となった。その持論を最後に記すとともに、文章を志す人は、本書を必ず読むべきであることも付け加えておく。

 「スポーツライティングは本当はこうじゃないかとの仮説があります。細部一つ一つの断片は全部本物。まったく嘘はない。しかし全体としては嘘のような話。嘘のような空間。寓話的というか。嘘とは虚偽という意味じゃないんだけど、書かれた人が読んでくれて、どこにも嘘は書かれてないんだけど、なんか自分じゃないみたいな。

 そういうものが書きたかったし、絶対的な事実であるスポーツだからこそ、嫌なことは見えなかったことにしても、それは許される。そんな気がするんです」

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