SCORE CARDBACK NUMBER

あらためて、永源遥にお詫びしたいあの事。 

text by

門馬忠雄

門馬忠雄Tadao Monma

PROFILE

photograph by

posted2006/05/08 00:00

 私事で恐縮です。「さて、どうしよう……」。ノアの永源遥引退記念興行前に頭を抱えてしまった。脇役に徹して40年、1月11日に還暦を迎えた彼の現役最後の試合は3月26日、郷里の石川県中能登町大会。仲田龍リングアナからその日の宿は加賀温泉と聞かされていた。

 本人からも大会直前、「長い付き合いじゃない、最後だから来てよ。○○屋に部屋をとってあるからさ!」と願ってもない誘いを受けた。そこは、いつかは訪れたいと思っていた有名高級旅館だった。

 が、しかし、である。

 「ありがとう。嬉しいんだけど、ちょっと待ってよ……」

 としか、言いようがなかった。

 我が家には、訳ありの犬がいる。当時、年齢不詳(推定3、4歳)。野良犬だったところを保護して11年目になる。小ぶりな雄の柴犬で名前は『チビ』。家族で思いつく犬の名前を一昼夜呼びかけて、唯一反応があったのがその名前だった。

 脳梗塞の後遺症で右半身が麻痺、身体障害者2級の筆者には、ほどなくチビは格好のリハビリ犬となった。おかげで、機能を失い、逆Uの字に曲がった右手の5本指に紐を絡めての散歩ができるようになった。杖なしである程度歩けるようにもなった。それは筆者にとって、涙が出るほど嬉しいことであった。

 11年前の秋分の日──。雷が鳴る嵐の日に我が家に迷い込んできたチビは、筆者にはまさに天からの授かりものだった。

 ところが、もともと素性のわからぬこの犬。野良犬時代によほどひどいイジメにあっていたのか、大型犬の雄に対して凄まじい敵対心を燃やすのだ。シェパードや秋田犬……。慌てて止めに入って噛まれ、病院通いはこれまでに5回。相手ボクサーの耳に噛みついた、あのマイク・タイソンよりも強暴であった。

 そんなチビも今は緑内障を患い、急に衰え、ついには昨年の秋からは立ち上がることも困難になってしまった。あの、猛々しさはもうない。今も筆者の横で、床擦れした後脚を痙攣させて寝息をたてている。高級旅館も有名な温泉も逃げない。私は今回、そんなチビを優先した。

 永源氏には丁重に断念の連絡を入れたが、全盛期の馬場、猪木との興行の旅を思い出しながら、今日も自宅で時刻表を眺めて少し遅い花見気分である。

関連キーワード
プロレスリング・ノア

ページトップ