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持ちこされた課題と大久保嘉人に見た“光明”。 

text by

永井洋一

永井洋一Yoichi Nagai

PROFILE

posted2004/09/09 00:00

 チームとしてよく組織され、ある程度はボールがポゼッションでき、強豪相手にも食い下がるのだが、最後の大事な場面で詰め切れず、防ぎ切れずに結局は僅差で負ける。「健闘」と評されながらも、一方で「個」の勝負強さ、ペナルティエリア内での強さの必要性が語られる――。アテネで早々とグループリーグで敗退した五輪代表に対する評論は、そっくりそのまま、'98年フランスW杯に出場し3戦全敗した日本代表が日本サッカー界に投げかけた課題でもある。

 アテネ五輪代表の選手たちは、6年前「世界に追いつくために」として提示されたこの課題に対し、どれだけモチベートされていたのだろうか。彼らの目は常に、ここ一番の勝負の時に打ち破るべき相手を見据えていたのではなく、チームメイトや監督の顔を見ていたのではないか。その心理的エネルギーは、組織のよき一員として自分がユーティリティーであることを示すことに注がれてはいなかったか。緻密(ちみつ)に練られた戦略に正しく収まっている自分に満足してはいなかったか。

 山本昌邦監督のチームマネジメントは、コーチングスクールで成績をつけるとするなら間違いなく「優」である。しかし、大事なことは、その上に、いかに山本らしい「個」の生かし方を積み上げていくかであり、それこそが選手を動かしながら修羅場をくぐり抜けていくプロコーチの勝負哲学になっていくはずだ。「正しい」コーチングは勝利の必要条件ではあるが、十分条件ではない。その意味で、死力を尽くした戦いの場で「個」の力を存分に引き出し、それを有機的に編み上げていくという作業ができていたかどうか、山本監督には自己分析してほしい。

 とはいえ光明もあった。大久保嘉人である。パラグアイ戦とガーナ戦の得点は、いずれも見事だった。ゴールとの距離、相手との間合い、自分のスピードを十分に感知し、力を適切にコントロールして決めていた。TPOにかかわらず、力まかせに足を振っていた大久保とは別人のようで、それまで背負っていたサッカーから脱皮し、ようやく「大人」のサッカーをするようになったと感じた。ストライカーの質の向上は、後々、勝負のかかった試合でとても大きな意味を持つことになる。後に、大久保はあのアテネの2ゴールから変わった、と語り継がれるようになってほしい。

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