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トリノ五輪で感じた、結果よりも大切なもの。 

text by

藤山健二

藤山健二Kenji Fujiyama

PROFILE

posted2006/03/09 00:00

 トリノ冬季五輪が終わった。日本選手が期待通りの成績を挙げられなかったのは残念だが「雪と氷の祭典」らしく、17日間の大会を通じて様々な感動のドラマが生まれた。フリースタイルスキー・モーグル男子で銅メダルを獲得したドーソンは乳児の時に韓国の警察署の階段に置き去りにされた。3歳の時、スキーの指導員をしていた米国人夫婦の養子となり、12歳からモーグルを専門とするようになった。五輪代表になったことで韓国内には「自分の子供ではないか」と名乗り出る人が続出して話題となったが、今でも誰が本当の両親かは分からない。それでもドーソンはゴール後、「どこかで両親がテレビを見ているかもしれないから」と顔がテレビに映るようにゴーグルを外し、記者会見ではまだ見ぬ本当の親への思いを語った。

 身重の体で時速130kmのそりに乗ったのはドイツのザルトル。妊娠9週目であることをコーチに隠してスケルトンに出場し、見事4位入賞を果たした。レース後は「これが私の最後のレース。新しい命が待っているから」と引退を示唆したが、まさに「母は強し」を地で行く快挙(?)に、周囲は唖然としていた。

 今大会では、これまで冬季五輪にはあまり縁がなかった国々からの参加も目立った。アルペンスキー男子スーパー大回転にはアフリカのセネガルからセックが出場した。同国選手団はセックただ1人。とはいえ父親はセネガル人だが母親はドイツ人、オーストリアの里親に育てられたという。56人中55位という成績だったが、当の本人は「セネガル代表で滑れたことを誇りに思う」と満足げだった。

 その他にも、スノーボードクロス女子で9位に入ったクラルクリベイロは、ブラジルの代表選手。距離男子15kmで完走者中最下位の97位だったのは、タイ代表で48歳のナグバヤラ。米国の大学教授で、2大会連続の出場だった。ネパールの36歳のシェルパも95位に終わった。いずれも下位の成績だったが、「完走できたことがうれしい」と笑顔を振りまいた。

 日本ではこれから惨敗の原因を巡って様々な分析が行われるだろうが、勝敗とは別の世界で戦っていた選手の顔も忘れられない。五輪は勝つことだけがすべてではない。大切なことをあらためて感じさせられた17日間だった。

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