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3階級王者に挑む出稼ぎボクサー。 

text by

前田衷

前田衷Makoto Maeda

PROFILE

posted2005/03/03 00:00

 比国(フィリピン)のボクサーといえば、ファンの間では日本選手の引き立て役を務める“弱い”“出稼ぎ選手”というイメージが定着しているように思える(そもそもこの国では総人口の1割近い700万もの男女が海外に仕事を求めて祖国を留守にしているから、ボクサーが外国で戦うこと自体が珍しいことではない)。

 しかし見くびってはいけない。比国のボクシングの歴史は日本よりも古く、フライ級のパンチョ・ビラがニューヨークで初めて世界王座を獲得したのは1923年、白井義男がダド・マリノに勝ち日本人初の世界王者となる29年前のことである。因みにマリノはハワイからやってきたが、出身はやはり比国である。戦後の国民的英雄だったフラッシュ・エロルデは16歳で初来日し、新人時代は東京で生活していた。歴代の王者のほとんどは「アウェイ」で運命を切り開いてきたのである。

 そして、先達の誰よりも成功したと言われるのが、強打のサウスポー、マニー・パッキアオ(26歳)だ。初めて海外で戦ったのは7年前の後楽園ホール(1回KO勝ち)。その後米国滞在中に代役で掴んだ世界挑戦の機会を逸さず、一昨年メキシコの名選手マルコ・アントニオ・バレラを倒す大番狂わせで一大センセーションを巻き起こした。

 アジア人ボクサーに対する米国の評価は残念なほど低いが、パッキアオは例外。3月19日ラスベガスで予定されるメキシコの3階級王者エリク・モラレスとの一戦はHBOがPPVで放映し、無冠戦にも拘わらずパッキアオに1億円以上の報酬が約束されている。

 パッキアオに成功をもたらしたものは何か。簡単に言えば、一打必殺の左拳を武器に、常に攻撃的で豪胆な戦法――誰が見ても面白いKOボクシングがテレビ受けしたのだ。「神から授かった」と称する破壊力豊かな左拳とスピード。頑丈な肉体。幸運をもたらした名コーチ、フレディ・ローチとの出会い。「フレディは自分にテクニックを教えてくれた」と認めるように、粗削りだったダイヤをより輝けるものにしたコーチの功績は大きい。

 試合前に大言壮語するタイプではない。「モラレスを何回でKOするなどとは言わないが、しっかり練習して、勝てるようベストを尽くす」。自らの拳で語らしめるという古典的なファイターのようである。

■関連コラム► アメリカの英雄となったパッキャオの次なる目標。~フィリピン人ボクサーの王~ (09/06/02)

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